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14-1 トオル

 昼飯前に、(とら)信太(しんた)はやってきた。妖怪ホテルに。ではなく、ヴィラ北野(きたの)に。  海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)を連れて、蔦子(つたこ)さんを三ノ宮(さんのみや)に送ってきたという帰り道に。なんでかついでに鳥まで連れてやってきた。 「(とおる)ちゃん。ナイター見たか。阪神(はんしん)勝ったで」 「マジか! 見てへん。知れて幸せ……」  挨拶(あいさつ)よりも先に、そんな耳寄(みみよ)り情報をくれた信太(しんた)と、俺はホテルのロビーで熱く抱き合った。  それにアキちゃんが(はげ)しく(かたむ)き、鳥は気にせずにこにこしていた。 「ああもう、ほんま首(つな)がったで。本間(ほんま)先生にホームランばかすか入れられて、いてこまされた時には、もう死んだて思うたけどな、やるよ(とら)は、まだまだ死んでへんよ」  信太(しんた)絶好調(ぜっこうちょう)やった。  (くわ)煙草(たばこ)をもくもくさせて、今日も(まぶ)しいくらいの赤紫(あかむらさき)のアロハで、ペイズリーみたいな模様(もよう)に包まれていた。  ほんで勿論(もちろん)(とら)みたいな金髪やし、黒革(くろかわ)のパンツはいてるし、お貴族様(きぞくさま)別荘(べっそう)みたいなヴィラ北野(きたの)のロビーでは、恐ろしいほど浮いてたわ。  鳥は鳥で真っ赤っかなアロハ着て、ざばーんみたいな大津波(おおつなみ)の上でサーフィンしてる人の絵が背中に()かれていた。  いったい何着持ってんのやろ。  もしかして共有、みたいな気がした。  だって何となく、鳥が着てるとデカいんやもん。  相変わらず(なか)がよろしいなぁ、みたいな。俺は一瞬でジト目になってた。  信太(しんた)、もう知らんしな。うっかり抱き合うてもうたけど、それは阪神勝って(うれ)しかったからやし。 「先生、俺はまた蔦子(つたこ)さんを二時間後に(むか)えに行くんです。竜太郎(りゅうたろう)はそっちの車で連れてってやってくれへんか」  気後(きおく)れしたふうに立っている、背の低い頭をぐいぐい押し出してきて、信太(しんた)はにこにこと愛想よくアキちゃんに頼んだ。  竜太郎(りゅうたろう)は絵の道具が入ってるらしいでかいカバンをぶら下げ、信太(しんた)寛太(かんた)(はさ)まれて、守られてるようやったけど、本人は気まずそうで、居心地(いごこち)が悪そうやった。  そら悪いわな、ラブラブカップルに(はさ)まれてもうたら。どう考えてもお邪魔(じゃま)やもんな。 「いいけど、その後どうする」 「蔦子(つたこ)さん拾ったら、また戻ってきて、ロビーで待っときますよ。先生に甲子園(こうしえん)まで送らせるわけにはいかへん。それに蔦子(つたこ)さんも、(ぼん)挨拶(あいさつ)しとこか言うてました」 「何しに行ってはるんや、三ノ宮(さんのみや)」 「語学学校ですわ。韓国語習ってんねん。ほら、あれやん、ひとりヨン様ブーム」  めっちゃ可笑(いか)しいみたいに、信太(しんた)蔦子(つたこ)さんの趣味(しゅみ)のことをげらげら笑った。  アキちゃんはもちょっと失笑(しっしょう)してた。鳥もにこにこ笑ってたけど、笑いながらぽつりと話した。 「ひとりやないよ、兄貴(あにき)」 「なんで、ひとりやないねん」  笑いながら、信太(しんた)は鳥の微笑(ほほえ)む顔と、(いと)しそうに向き合った。 「昨日の昼間、テレビ()うたからな。俺も一緒に見たもん。めちゃめちゃ泣いた」 「(うそ)、やろ……」  信太(しんた)真顔(まがお)になり、(くわ)煙草(たばこ)を落としかけた。  鳥も進歩したもんや。『冬ソナ』を理解するようになった。  めちゃめちゃ泣いたという割に、めちゃめちゃ(ほが)らかな笑みで、寛太(かんた)はたじろぐ(とら)を見つめてた。 「あんなん、どこがええねん寛太(かんた)。ベタやで。くさいくさいドラマやで」 「ヨン様いけてる」  (とら)の気持ちは理解せず、寛太(かんた)はけろりと()めていた。 「いけてる、って……俺よりいけてんのか!」  信太(しんた)はマジで(あせ)ってるっぽかった。 「いや、それは、兄貴(あにき)のほうがいけてるけど」 「そうやろ? 『冬ソナ』なんか見たらあかん。目の(どく)や。くさいくさい台詞(せりふ)言うてほしくなったら、どないすんねん。(こま)るやろ?」  そんなことしたらあかんて、真剣そのものの目で、信太(しんた)は鳥を(やさ)しく(しか)ってた。  相手が意味わからんと思って、適当なことを言うてる顔やった。 「あかんの? ほな見ないけど……」  寛太(かんた)は、なんであかんのか(なや)んでるような顔になり、首を(かし)げてた。それでも信太(しんた)に逆らうつもりはないようやった。  可哀想(かわいそう)にな、鳥。いまだに信太(しんた)の言うなりか。  くさいくさい台詞(せりふ)言うてもらえ。言うてほしいんやったら、言うてくれてゴネてやれ。  ほんまに、まだまだアホそのものやな。恋の基本が分かってない。言うなりなってたらあかんやないか、ガンガン行っとかんと。 「蔦子(つたこ)さん、よっぽど好きなんやな……」  (いま)だに唖然(あぜん)とし続けていたらしいアキちゃんが、やっと現実世界に戻ってきて口利いた。 「めちゃめちゃ好きですよ。原語版で観るんやて習い初めて、もう日常会話ならほとんど不自由ないらしいですもん」 「愛の力やな……」  俺は感心して言った。蔦子(つたこ)さんのどこに、そんな情熱が。  冷たい女みたいに見えんのに。ヨン様のためなら韓国語マスターできるぐらい好きなんや。  実は案外、情熱的なんか。それもまたアキちゃんくさい。 「飯食っていく? ここのイタリアン美味(うま)いらしい」  俺は鳥と(とら)(さそ)った。  (しき)は飯食う必要ないやろけど、こいつら海道家(かいどうけ)で朝飯食うてたし、食いたいほうかと思って、一応な。  それとも二人でどっか行きたいやろか。俺って空気読めへんやつやった?

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