146 / 928

14-2 トオル

 それでも竜太郎(りゅうたろう)は、ふたりに帰らんでほしいという顔をしていた。  海道家(かいどうけ)では気の強そうな餓鬼(がき)やったけど、見知らぬホテルに連れてこられて、アキちゃんだけならともかく、俺や水煙(すいえん)もいる他人の縄張(なわば)りに残されていくのは、ちょっと不安らしい。  実は案外、過保護(かほご)なボンボンなんやないか。  もう中一なんやし、水族館(すいぞくかん)ぐらい電車乗って一人で行けって感じやのに、蔦子(つたこ)さんは最初、眼鏡(めがね)(しき)を子守りに付けようとしたし、ここへも結局、信太(しんた)が車で送ってやってるんや。  バスで来い中一。生意気(なまいき)や、ローティーンの分際(ぶんざい)でイケメンの送迎(そうげい)つきなんて。  きっと、大事な大事な跡取(あとと)り息子なんやろう。こいつも一人っ子やしな。 「アキ(にい)信太(しんた)寛太(かんた)一緒(いっしょ)に行ったらあかん? 水族館(すいぞくかん)まで……」  俺をチラ見しつつ、中一はアキちゃんに強請(ねだ)った。  (しき)がいなけりゃ丸裸(まるはだか)みたいな、そんな気分がするらしい。  これは自分のやのうて、おかんの式神(しきがみ)やろけど、(しき)は家に()くもんでもあるらしい。せやから竜太郎(りゅうたろう)にも(つか)えてる。 「アホか中一。気を()かせろ。このゲロ甘くさいカップルを見てやな、二人っきりにしたろって思わへんのか。ビビることない。俺も水煙(すいえん)も、お前をとって食うたりせえへんわ」 「でも僕、(へび)嫌いやねん」  俺が人の道を(さと)してやると、竜太郎(りゅうたろう)不愉快(ふゆかい)そうに顔をしかめた。  なんやとこら。爬虫類(はちゅうるい)なめんな中一。 「(へび)は、ええ奴やで、竜太郎(りゅうたろう)」  にこにこして、寛太(かんた)は身をかがめ、竜太郎(りゅうたろう)の顔を(のぞ)き込んだ。  竜太郎(りゅうたろう)はその鳥の、あっさりさっぱりした清潔感(せいけつかん)のある顔を、じっと気まずそうに見た。 「寛太(かんた)信太(しんた)とふたりで()りたいだけやろ」 「そうや」  にこにこ答える鳥は容赦(ようしゃ)なかった。こいつの辞書(じしょ)に気まずいという文字はないんか。あっさり言われて、竜太郎(りゅうたろう)はうぐってなってたわ。 「まあまあ、寛太(かんた)昼飯(ひるめし)ぐらいお相伴(しょうばん)していこ。どうせどっかで食うんやから」  信太(しんた)はちょっと(うれ)しいですという顔で、いかにも余裕(よゆう)があるふうに、鳥さんをたしなめていた。それがあかんねん、お前はな。 「俺らは蔦子(つたこ)さん(むか)えに行かなあかんねん、竜太郎(りゅうたろう)(めし)食うてから須磨(すま)まで行ってたら、()いた瞬間にとんぼ返りやで。どうせお前と一緒(いっしょ)には()られへん」 「ほんなら、どっちか片方残ってくれればええやんか」  それでもあくまで気弱そうに、竜太郎(りゅうたろう)信太(しんた)に反論していた。 「あかん、それは無理や」 「なんで無理なん。車二台あるんやで。寛太(かんた)残していってくれればええやん」 「それは無理や。俺が(さび)しい」  いやもう()れますわみたいな、くっと(うめ)いた表情で、信太(しんた)(うれ)しそうに答えた。  竜太郎(りゅうたろう)はそれに、もう話したないわって思ったみたいで、うげえという顔をしたきり、もう何も反論せえへんかった。 「そもそも何で連れてきたん……」  俺が()くと、信太(しんた)はふはあと煙を吐いた。 「いや、もう、家にひとりで置いといたら心配で心配で。こいつ、(さそ)われたら(ことわ)らへんのや。(いや)やて言うけど、なんて言うて(ことわ)っていいか分からんらしいわ」 「(いや)やって言わせればええやん……」  俺はアホかと思って、信太(しんた)に教えてやった。鳥に言うても無駄(むだ)な気がして。 「(いや)やって言うても、にこにこしてるからな。(いや)(いや)よも好きのうち、みたいに見えてしまうんやろな」  いやもう、ほんまに(こま)りますみたいな苦笑(くしょう)して、信太(しんた)は答えた。  鳥さん。まだまだ課題だらけやな。人並(ひとな)みまで何マイルあるんやろ。  確かに寛太(かんた)は、目の前でそんな話されてても、平気でにこにこ笑っていた。 「ここ、変なんいっぱい()るな」  そしてアキちゃんにむちゃくちゃ()()れしく話しかけていた。 「先生、(かみ)の毛ついてる」  そして、アキちゃんの(えり)の内側についてた抜け毛を、何ら気にせず(えり)を開かせて平気でとった。  アキちゃんはそれに、(まゆ)寄せて痛恨(つうこん)の表情やった。  何がつらいねん、アキちゃん。何を我慢(がまん)したんや。 「近いねんお前はちょっと……他人との距離感(きょりかん)がなってない」 「そうやろか。先生なんか、いい(にお)いする」  近寄りすぎてアキちゃんの秋津家(あきつけ)フェロモンにあてられたんか、鳥はうっとり(にお)いを()ぐ顔で、アキちゃんの首に鼻先を近づけた。 「くんくんするな、寛太(かんた)。ハマってもうたらどないすんねん」  血相(けっそう)変えて、信太(しんた)がそれを引き戻してた。  やっぱりこいつらも(しき)(しき)か。アキちゃんが()りまく甘露(かんろ)()れれば、それなりに()うんや。思わぬ伏兵(ふくへい)。気つけなあかん。  信太(しんた)はその場で鳥に説教(せっきょう)していた。  他人の抜け毛なんかとってやらんでええねん。そんなんするから誤解(ごかい)されるんや、お前は。  それに力のある巫覡(ふげき)には迂闊(うかつ)近寄(ちかよ)るな。強い式神(しきがみ)もあかん。  できたら俺以外の男には一切(いっさい)近づくな、女もあかん、お前は可愛(かわい)いねんからと、そんな切々(せつせつ)とした力説(りきせつ)やった。 「アキ(にい)……僕、(さび)しいわ。僕も式神(しきがみ)欲しい」  どっちに()ざろうかっていう、(ちゅう)ぶらりんの位置に出てきて、竜太郎(りゅうたろう)は後ろでくどくど話してる、(とら)と鳥とのバカップルを()り返ってた。

ともだちにシェアしよう!