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14-4 トオル

「まだ食えんのか」 「三ノ宮(さんのみや)のガード下に、ものすご美味(うま)い焼き肉屋が店出しとうで。『平和』いうんですけど。元町(もとまち)まで足()ばして専門店で豚足(とんそく)食うてもいい。この後、行こか」  信太(しんた)は本気らしい口調で鳥さんを(めし)デートに(さそ)っていた。 「何を食うねん、その店で。鳥さんは何を食うんや」  俺はテーブルを(たた)いてまで信太(しんた)力説(りきせつ)してやった。ベジタリアンを焼き肉屋に連れて行くやつがあるかやで。 「ごはん」  にこにこして、鳥さんは答えてくれた。  俺はちょっと泣きそうなったわ。ごはんて、白飯(しろめし)のことか?  それ、(たまご)かけご(はん)以下やんか? (たまご)食われへんのやろし。可哀想(かわいそう)やないんか。 「お前、牛乳平気なん?」 「わからへん。飲んだことない。牛死んでへん?」 「死んでへん。牛乳(しぼ)ったぐらいで死ぬ牛なんかおるか。ティラミス食え」  俺は可哀想(かわいそう)な鳥さんにも美味(うま)いモンを食わせてやろうと思った。  めちゃめちゃ美味(うま)いでティラミス。アキちゃんはそんなもん女子供の食いモンやって言うけど、ティラミスは元々、男の食うもんなんやで。  昔、イタリアの遊郭(ゆうかく)で遊ぶ客たちが、一発やる前の強壮剤(きょうそうざい)として食うてたもんや。  せやからめちゃめちゃ男らしい食いモンなんやで。鳥さんも(せい)つけろ。草とか白ゴハン食うてる場合やない。 「やめといて、(とおる)ちゃん。具合(ぐあい)悪なったら困るしな。精進(しょうじん)ものだけにしといて」  信太(しんた)がいかにも心配そうに言うので、俺はそれにも泣いた。  ええなあ、鳥さんは。大事にしてもろて。  そして泣く泣く鳥さんに、メロンのジェラートを食わせてやった。それなら草みたいなもんやろ。砂糖(さとう)かてもとは草や。サトウキビかコーンシロップってとこやから。 「美味(うま)い」  にこにこして、鳥さんはジェラートを食うていた。初めて食うたらしいわ。煙草(たばこ)吸うて酒飲むくせに、ジェラート初めてなんやで。 「美味(うま)いんか、寛太(かんた)」 「めちゃめちゃ美味(うま)い」  びっくりしている信太(しんた)のほうを見もせずに、鳥さんはうっとりとメロン色のジェラートを食い続けてた。 「そうかあ……また食おか」  信太(しんた)はうっとりとその横顔を(なが)めてた。()けてるから(とら)。バターなりかけてるから、また。  神様、ジェラート食えるんや。  俺もぼんやりそれを見て、そして、ぼんやり気がついた。  もしかして、水煙(すいえん)て、ジェラート食えるんちゃうん。  ルームサービスで朝食をとってやって、オムレツとかソーセージ食わせようとしたら、それは無理やって吐きそうな顔してな、結局食えたんが果物(くだもの)だけやってん。  あいつも神様やからさ、もしかして精進(しょうじん)モノしか食えへんのかもしれへんで。  ということは、鳥さんが食えるもんは、水煙(すいえん)も食えんのかもしれへんやん。  思い立ったら、(ぜん)は急げや。  俺はテーブルの真ん中に置かれてた水のピッチャーを取った。  そしてそのままアキちゃんの(ひざ)()えて、(はし)の席の椅子に置かれてた水煙(すいえん)様サーベルバージョンに、一気に氷水をぶちまけてやった。  うわあって、びっくりしたみたいな悲鳴とともに、水煙(すいえん)はドロンと現れた。うわあって、海道(かいどう)家トリオもびっくりしてた。  特に竜太郎(りゅうたろう)なんか、また椅子(いす)ごとコケそうになってたわ。  まあ。びっくりするかなあ。青い宇宙人が突然(とつぜん)出てきたら。  俺はもう、見慣れてもうたけど。  アキちゃんも、見慣れてるはずやのに、めっちゃびっくりしてた。なんでか言うたら、水煙(すいえん)(はだか)やって思ったらしいねん。  まあ。そうかなあ。でも、いっつもそうやん。服着てへんよ。宇宙人やしええやん。隠すようなもん何もついてないし。  それでもアキちゃんは大あわてで、Tシャツの上に重ねてた半袖(はんそで)のシャツ()いで、水煙(すいえん)の肩を(つつ)んでやっていた。  優しいなあ、ジュニアは……。 「(とおる)っ。何をやってんのやお前は!!」  めっちゃ怒った声で言われてもうたよ、俺は。 「つ……冷たい……。水、これっぽっちで、ええんや……」  氷水浴びたんが、よっぽど()いてもうたんか、水煙(すいえん)はがたがた(ふる)えつつ、そう言うた。  そういや、そうやな。どぶんて水に()けなあかん(わけ)やないんや。  ダメもとで、やってみたんやけど、ピッチャー一杯(いっぱい)でも人型に変身できたんやしな。ずっと水に浸かってる必要もないんや。 「水煙(すいえん)にも、ジェラート食わしたろと思て」 「食わんでええねん、もうええやないか」  (たの)み込む口調で俺に言い、アキちゃんは水煙(すいえん)(かば)ってやってた。  まあまあ、そう言わず。何事も挑戦(ちょうせん)なんやから。鳥さんも美味(うま)いて言うてんのやから。 「食うてみ、水煙(すいえん)不死鳥(ふしちょう)美味(うま)いて食うてるんやし、お前も食えるって」  俺が自分用にオーダーしてあった(もも)のジェラートを、金のスプーンですくって、ずいずいっと前に持っていってやると、水煙(すいえん)はドン引きの顔をした。 「美味(うま)いで」  メロン・ジェラートのスプーンを(くわ)えたまま、鳥さんが水煙(すいえん)にすすめた。  宇宙人にもう()れてる。早ッ。  そう言われて、ちょっと食うてみたくなったんか。(もも)(にお)いが美味(うま)そうやったんか。水煙(すいえん)は、ごくりと(つば)を飲むような仕草(しぐさ)をして、見開いた黒い目でアキちゃんを見て、それからスプーンを見た。 「自分で、食うから……」  そう言うて、水煙(すいえん)は俺の手からスプーンをやんわり取った。  そして、ものすご身構(みがま)えたような(けわ)しい表情をして、(もも)ジェラートのスプーンを(くわ)えた。

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