148 / 928
14-4 トオル
「まだ食えんのか」
「三ノ宮 のガード下に、ものすご美味 い焼き肉屋が店出しとうで。『平和』いうんですけど。元町 まで足伸 ばして専門店で豚足 食うてもいい。この後、行こか」
信太 は本気らしい口調で鳥さんを飯 デートに誘 っていた。
「何を食うねん、その店で。鳥さんは何を食うんや」
俺はテーブルを叩 いてまで信太 に力説 してやった。ベジタリアンを焼き肉屋に連れて行くやつがあるかやで。
「ごはん」
にこにこして、鳥さんは答えてくれた。
俺はちょっと泣きそうなったわ。ごはんて、白飯 のことか?
それ、卵 かけご飯 以下やんか? 卵 食われへんのやろし。可哀想 やないんか。
「お前、牛乳平気なん?」
「わからへん。飲んだことない。牛死んでへん?」
「死んでへん。牛乳絞 ったぐらいで死ぬ牛なんかおるか。ティラミス食え」
俺は可哀想 な鳥さんにも美味 いモンを食わせてやろうと思った。
めちゃめちゃ美味 いでティラミス。アキちゃんはそんなもん女子供の食いモンやって言うけど、ティラミスは元々、男の食うもんなんやで。
昔、イタリアの遊郭 で遊ぶ客たちが、一発やる前の強壮剤 として食うてたもんや。
せやからめちゃめちゃ男らしい食いモンなんやで。鳥さんも精 つけろ。草とか白ゴハン食うてる場合やない。
「やめといて、亨 ちゃん。具合 悪なったら困るしな。精進 ものだけにしといて」
信太 がいかにも心配そうに言うので、俺はそれにも泣いた。
ええなあ、鳥さんは。大事にしてもろて。
そして泣く泣く鳥さんに、メロンのジェラートを食わせてやった。それなら草みたいなもんやろ。砂糖 かてもとは草や。サトウキビかコーンシロップってとこやから。
「美味 い」
にこにこして、鳥さんはジェラートを食うていた。初めて食うたらしいわ。煙草 吸うて酒飲むくせに、ジェラート初めてなんやで。
「美味 いんか、寛太 」
「めちゃめちゃ美味 い」
びっくりしている信太 のほうを見もせずに、鳥さんはうっとりとメロン色のジェラートを食い続けてた。
「そうかあ……また食おか」
信太 はうっとりとその横顔を眺 めてた。溶 けてるから虎 。バターなりかけてるから、また。
神様、ジェラート食えるんや。
俺もぼんやりそれを見て、そして、ぼんやり気がついた。
もしかして、水煙 て、ジェラート食えるんちゃうん。
ルームサービスで朝食をとってやって、オムレツとかソーセージ食わせようとしたら、それは無理やって吐きそうな顔してな、結局食えたんが果物 だけやってん。
あいつも神様やからさ、もしかして精進 モノしか食えへんのかもしれへんで。
ということは、鳥さんが食えるもんは、水煙 も食えんのかもしれへんやん。
思い立ったら、善 は急げや。
俺はテーブルの真ん中に置かれてた水のピッチャーを取った。
そしてそのままアキちゃんの膝 を越 えて、端 の席の椅子に置かれてた水煙 様サーベルバージョンに、一気に氷水をぶちまけてやった。
うわあって、びっくりしたみたいな悲鳴とともに、水煙 はドロンと現れた。うわあって、海道 家トリオもびっくりしてた。
特に竜太郎 なんか、また椅子 ごとコケそうになってたわ。
まあ。びっくりするかなあ。青い宇宙人が突然 出てきたら。
俺はもう、見慣れてもうたけど。
アキちゃんも、見慣れてるはずやのに、めっちゃびっくりしてた。なんでか言うたら、水煙 は裸 やって思ったらしいねん。
まあ。そうかなあ。でも、いっつもそうやん。服着てへんよ。宇宙人やしええやん。隠すようなもん何もついてないし。
それでもアキちゃんは大あわてで、Tシャツの上に重ねてた半袖 のシャツ脱 いで、水煙 の肩を包 んでやっていた。
優しいなあ、ジュニアは……。
「亨 っ。何をやってんのやお前は!!」
めっちゃ怒った声で言われてもうたよ、俺は。
「つ……冷たい……。水、これっぽっちで、ええんや……」
氷水浴びたんが、よっぽど効 いてもうたんか、水煙 はがたがた震 えつつ、そう言うた。
そういや、そうやな。どぶんて水に浸 けなあかん訳 やないんや。
ダメもとで、やってみたんやけど、ピッチャー一杯 でも人型に変身できたんやしな。ずっと水に浸かってる必要もないんや。
「水煙 にも、ジェラート食わしたろと思て」
「食わんでええねん、もうええやないか」
頼 み込む口調で俺に言い、アキちゃんは水煙 を庇 ってやってた。
まあまあ、そう言わず。何事も挑戦 なんやから。鳥さんも美味 いて言うてんのやから。
「食うてみ、水煙 。不死鳥 が美味 いて食うてるんやし、お前も食えるって」
俺が自分用にオーダーしてあった桃 のジェラートを、金のスプーンですくって、ずいずいっと前に持っていってやると、水煙 はドン引きの顔をした。
「美味 いで」
メロン・ジェラートのスプーンを銜 えたまま、鳥さんが水煙 にすすめた。
宇宙人にもう慣 れてる。早ッ。
そう言われて、ちょっと食うてみたくなったんか。桃 の匂 いが美味 そうやったんか。水煙 は、ごくりと唾 を飲むような仕草 をして、見開いた黒い目でアキちゃんを見て、それからスプーンを見た。
「自分で、食うから……」
そう言うて、水煙 は俺の手からスプーンをやんわり取った。
そして、ものすご身構 えたような険 しい表情をして、桃 ジェラートのスプーンを銜 えた。
ともだちにシェアしよう!