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14-5 トオル

 アキちゃんはそれを、ものすご(おのの)いた顔して(なが)めてた。まるで水煙(すいえん)が爆発するかみたいな顔やった。  ぺろりとスプーンを()めてから出して、水煙(すいえん)はため息をついた。 「美味(うま)いわ」 「ほらな」  当てずっぽうやった(わり)に、俺は自信満々(じしんまんまん)みたいに言うといた。  水煙(すいえん)がもっと食いたそうに俺を見たんで、ジェラートは(ゆず)ってやったわ。だって他にもティラミス注文してたもん。選べへんのですよ。いっぱい食いたいんや俺は。 「あ……アキ兄……この、青いの、なに?」  (いま)だにビビったままの竜太郎(りゅうたろう)は、(いま)だにミートソースを食うていた。  食うのが(おそ)い。セロリが入ってるとか言うて残そうとしたのを、アキちゃんが全部食えって(しか)ったもんで、中一はしおしおになって、それでも頑張(がんば)って食うてたんや。 「秋津(あきつ)伝家(でんか)宝刀(ほうとう)や。水煙(すいえん)。今は俺の剣」  アキちゃんはコーヒー飲みつつ答えた。何となく気まずそうやった。 「アキ(にい)が持ってた、あの刀か」  納得したように、竜太郎(りゅうたろう)は答えた。剣が宇宙人に化けても、それに即座(そくざ)納得(なっとく)できるあたり、さすがは同業者のうちの子か。 「(しき)変転(へんてん)すんの、初めて見たわ……」  竜太郎(りゅうたろう)興奮(こうふん)したんか、ちょっとカタカタ(ふる)えが来てた。 「信太(しんた)も、(とら)になれんの?」  真顔(まがお)()いてくる竜太郎(りゅうたろう)に、信太(しんた)はエスプレッソ飲みながら、苦笑して(うなず)いていた。  今ここで(とら)になれって言われるんとちゃうかって、(こま)ってるような顔やった。 「寛太(かんた)不死鳥(ふしちょう)になれんの?」  びっくりした声で()かれ、鳥さんは首を(ひね)っていた。 「わからへん。なったことない。どうやって変転(へんてん)すんの? 水かけて戻すの?」  乾燥(かんそう)ワカメかお前は。 「いや、それは、人それぞれやないか。別に何もなしでも、自分の意志で変転(へんてん)できるやつもおるし……」  信太(しんた)は、煙草(たばこ)の箱を(もてあそ)びつつ、吸いたいなーという目でアキちゃんを見たが、意図的に無視されていた。 「俺も兄貴(あにき)(とら)になったとこ見たことないわ」  目を(またた)いて、鳥さんは信太(しんた)をじっと見つめた。それにも信太(しんた)は苦笑していた。 「ここでは無理やでえ。レストランにいきなり(とら)居たら、他のお客さん引いてまうやんか。皆、お行儀(ぎょうぎ)良く人型しとうのやしな、やめとこ。また今度。家でこっそり見せてやるから」  二人っきりでな、って、そんなニュアンスのある声で、信太(しんた)は鳥さんに約束してた。  すげえ(とら)プレイまじすげえ。俺ちょっと空想しすぎ?  それはほんまに(すご)いと思うわ。まさに(とら)()み。もうね、百パーセント(とら)やからね。食われるう、みたいなね。  もうどうしようか。(とおる)ちゃん、ちょっと落ち着かなあかん。  ああ、ほんまに世の中広い。ええなあ鳥さん。若干(じゃっかん)(うらや)ましい。 「(へび)(へび)になれるんやもんなあ?」  鳥さんは(なや)んだような顔で俺に()いた。 「そら、なれるよ。(へび)(へび)になられへんかったら変やろ」 「すごいなあ、皆」  普通やから。たぶん普通やねん。式神(しきがみ)本性(ほんしょう)(あらわ)すのは。  でも俺も、長いこと人型で過ごしてて、どうやって変転(へんてん)すんのか忘れがちやった。  寛太(かんた)もわからへんのやろ。どうやって不死鳥(ふしちょう)に戻るか。  どうやって、って、言葉で説明しにくい。コツがあるんやと思うけどやな。  ()いて言うならイメージかな。自分の本性(ほんしょう)を強くはっきり思い(えが)くと、実際の姿もそれと入れ()わってる。  変身しちゃうぞみたいな、そんな強い意志があれば、それでええんやないか。 「アキちゃんに、絵描いてもろたらええんやないか」  いっぺんも変転(へんてん)したことないという鳥さんも、信太(しんた)(ひろ)ってきた時には鳥の格好(かっこう)してたっていう話やんか。  それに海道(かいどう)家の床板(ゆかいた)に映るこいつの足は、鳥の足やったで。  それでも店のガラスにうつる寛太(かんた)のシルエットは、どう見ても見たまんまの人の姿やった。  たぶん何らかの霊力(れいりょく)がある(かがみ)でないとあかんのやろ。あの家は、蔦子(つたこ)さんの支配下にあって、何かそういう力があったんやないか。 「絵って、見たことないで、こいつが不死鳥(ふしちょう)になったところなんか」  アキちゃんは難しい顔して俺を止めてた。 「適当(てきとう)でええねん。どうせ本人も(おぼ)えてないんやし。だいたい不死鳥(ふしちょう)みたいなん描いてやったらええんやないか?」 「変なんにせんといてくれ」  ぼけっとしてる鳥さんに代わって、信太(しんた)のほうが(あせ)ってた。 「お前、見たことあんねんから、アキちゃんに話して、それを描いてもらえばええやん」  そうかなあって、(うたが)わしそうな顔をして、信太(しんた)はまだ心配してた。  むっ。こいつ。うちのツレの画力(がりょく)(うたが)ってるな。  アキちゃんの絵、めちゃめちゃ上手(うま)いねんで。知らんやろ。 「いけるかもしれへんで、ジュニア」  ジェラート()めつつ、水煙(すいえん)(ささや)くような小声でアキちゃんに話してた。 「アキちゃんは、そうやって式神(しきがみ)(つか)まえていた。超自然の神威(しんい)を見つけると、それに人型に近い姿を与えるために、絵を描いてやっていた」  そういえば、おとん大明神(だいみょうじん)絵師(えし)やったらしいで。  俺は見たことないけど、アキちゃんのおかんがそう言うてた。

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