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14-6 トオル

 アキちゃんのおとんが描いた絵が、今でも秋津(あきつ)家の(くら)にあるらしいけど、それはおかんが封印(ふういん)していて見せてくれへん。 「(まい)も、そうやで。お前のおとんの作品や」  水煙(すいえん)に教えられ、アキちゃんはブッて吹いてた。意外というか、ショックやったんやろ。自分とおとんの()える路線(ろせん)が同じすぎて。  おかん路線(ろせん)やないか。そんなん火を見るより明らかや。 「お前もそうなんか、水煙(すいえん)」  アキちゃんはなんでか(あわ)てて()いてた。  水煙(すいえん)はそれに首を横に()っていた。 「いいや。俺は何となくこの姿やねん。自然に人型に近づくやつも()るんや。人と暮らすと似てくるし、人に近づこうとする。大崎(おおさき)(しげる)(きつね)なんかその(たぐい)やないか」  水煙(すいえん)はそれ以上の(れい)()げはせえへんかったけど、俺のことをじっと見た。  俺もそうやろ。その(たぐい)やで。  元は(へび)なのが本性(ほんしょう)なんやったら、今のこの人の姿は後付けで、人の世界で生きるために、自分の力で作り上げたイメージやろう。  それに、あいつもそうやろ。勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)。あれも元々は、ただの犬やったんやから。白いマルチーズやで。それがあんなんなってもうて。化けまくったもんやで。 「秋尾(あきお)さんか……あの人、ドロンドロン化けられるみたいやけどな、人型の姿も、何個も持てるもんなんか?」  アキちゃんは考え込むような顔やった。何を考えてんのか分からんけども、不死鳥(ふしちょう)どんなんやろって思ってる訳ないことは確かやで。 「持てる。能力しだいやけど。お前のおとんの(しき)には、(むじな)がおって、アキちゃんはそいつに、十個も二十個も違う姿を与えてた。秋尾(あきお)()()わせてたんや。大崎(おおさき)(しげる)と仲が悪うてな」  皮肉(ひにく)に笑って、水煙(すいえん)はそれを馬鹿(ばか)にしてるような口ぶりやった。  はあ。アキちゃんのおとんにも、そんな餓鬼(がき)くさい時代があったんか。  それともそれは、(げき)(げき)との悪い遊びみたいなもんなんやろか。(きつね)(むじな)をドロンドロン()けさせて、俺のほうが(すご)いみたいなのはさ。 「変転(へんてん)得意(とくい)なやつも()るんや。個性やな。俺みたいに苦手(にがて)なのも()るしな」  水煙(すいえん)変転(へんてん)するには水が()る。剣の姿で安定してて、自分の意志だけでは人型になられへんらしい。  それも、いかにも人外(じんがい)(くさ)い姿やからな、人に()けんのが上手(うま)いとはお世辞(せじ)にも言われへん。  アキちゃんはちょっとの間、真面目(まじめ)に考えてる顔やった。 「絵があっても無理か?」  アキちゃんに()かれて、水煙(すいえん)はきょとんとしていた。 「絵とは?」 「お前のその今の姿(すがた)もええとは思うけど、もし俺がお前の気に入るような別の姿の絵を描けば、それに変転(へんてん)できんのか?」  ()われつつ、水煙(すいえん)は大きな黒い目を、ゆっくりと(またた)かせていた。  アキちゃんにはなんか、熱意(ねつい)があったで。やる気まんまんやで。きっと描く気やで。  俺はそれに、ああもう、なんという奴やと(あき)れてた。  でも(あきら)めてたで。だってアキちゃんは、描くと言うたら描く男。思いついたら、描かずにおられへん。  それを()めろというのは、息するなと言うのと同じやからな。死んでまう。  やめといてて(たの)んでも、なんでやって言うやろ。俺はただ、絵描いただけやないかって。  悪い子ぉやでアキちゃんは。おかんもそう言うてたで。 「できるかも、しれへんけど、約束(やくそく)はできへん。(ため)したことない。まあ、またいずれ、そんな(ひま)ができたらな」  今はそんな場合ではない。水煙(すいえん)言外(げんがい)にそう言うてた。  さすがや水煙(すいえん)兄さん。(つつし)み深い。  俺なら飛びつくけどな。美人に描いてくれって。  せやけど確かに、そんなことやってる場合やないわ。竜太郎(りゅうたろう)を連れて水族館(すいぞくかん)に行かなあかん。  信太(しんた)寛太(かんた)をラブラブデートに追いだして。竜太郎(りゅたろう)拉致(らち)らなあかんのや。 「不死鳥(ふしちょう)、描いてほしいんか?」  お前と口利(くちき)くのは気まずいわと書いてある顔で、アキちゃんは鳥さんに()いていた。 「どうでもええわ」  にっこりして、鳥さんは正直(しょうじき)に答えてた。アキちゃんはそれに、むかっと来てた。 「どうでもええんか。ほんなら描かへんで。俺も(ひま)やないからな。描いてくれて言うんやなかったら描かへん」 「どうしたらええの、兄貴(あにき)。先生こう言うてるけど」  お前に()いとんのやろというアキちゃんを無視して、鳥さんは信太(しんた)()いていた。 「せっかくやから、描いといてもらえ。先生にそんな時間がある時に」  苦笑(くしょう)して(とら)は、火のついてない煙草(たばこ)をくわえた。  それに火をやろうと手を()ばしてきた、(ほのを)(あやつ)れる鳥の指を途中で止めて、信太(しんた)禁煙(きんえん)の顔で首を横に()り、そのまま寛太(かんた)の手を(にぎ)ってた。 「俺もお前が変転(へんてん)したとこ、また見たいしな」  にこにこしてる信太(しんた)は、うっとり()れてる目をして鳥を見つめた。  見つめ合う鳥と(とら)から、アキちゃんはもう見るのも(いや)やという顔して目を(そむ)けてた。  なんでそんなに(いや)やねん。ほんまにもう、どうしようもない。  分かるねん、鳥が(この)(けい)なんやろ。  だからってそんな、欲しい欲しいみたいな(つら)せんでもええやん。

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