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14-7 トオル
それでも、それは巫覡 どもの本能 らしいわ。
蔦子 さんも、俺のこと、欲しいわあみたいな目で見てた。もしも海道 家に到着した日に、アキちゃんが蔦子 さんの口説 きに負けて、俺を預 けていってたら、きっと俺はあのまま蔦子 さんの配下 に従 えられてたんやろう。
もう要らんて言うだけで契約 が切れるんやったら、預 かってくれと頼 めば所有権 が移 る。そんな感じなんやないか。
欲しい欲しい俺にくれやで。花いちもんめの世界やな。あの子が欲しい、あの子が欲しいや。
なんと中一も、すでに色気づいてきてんのか、めちゃくちゃ物欲 しそうに水煙 を見てた。
そういや式 が欲しいって、ついさっき言うてたばかりや。
生意気 やでえ。本家 の伝家 の宝刀 を、自分に寄越 せて言うんやったら。
水煙 、嫌 やて言うやろう。アキちゃん好きやで離 れられへん。そういう奴 なんやから。
舐 めたらあかんで、水煙 を。こいつは見た目は綺麗 でも、触 れば切れる白刃 なんや。
じっと魅入 られた目で見る中一を、水煙 はじっと見つめ返してた。
ジェラート食ってる白い舌 が、ちょっとばかりエロくさく、我 が意 を得 たりと勝ち誇 り、スプーンをぺろりと舐 めた。
「そろそろ行こか、ジュニア。服ありがとう。また剣に戻るわ」
羽織 らせてもらってたアキちゃんのシャツを脱 いで返し、水煙 は、濡 れてもうたかなと囁 く小声で詫 びていた。
シャツは濡 れたやろけど、すぐ乾 くやろ。夏やしな。
「海道 竜太郎 」
アキちゃんの腕をとり、その手に戻るという気配 で水煙 は、じっと竜太郎 を見つめた。
「悪いけど、太刀 持ちしてくれへんか。うちの坊 は運転せなあかんしな。お前も秋津 の分家の子やから、俺に触 れるやろ。シートまで運んで、お前の隣 に乗せてくれ。俺は自分じゃ歩かれへんのや」
にこにこ話す水煙 に、竜太郎 はびっくりしていた。アキちゃんもちょっと、びっくりしてたで。
水煙 がアキちゃん以外に自分を運ばせるのは、未 だかつてないことや。俺には長らく、触 らせもせえへんかったしな。それに水煙 はアキちゃんの剣なんやから。
まさか竜太郎 に鞍替 えするつもりやないやろなって、アキちゃんは心配したんかな。ちょっと顔色悪かったで。
でも、もちろんそうやない。水煙 は結局 、アキちゃん命 。可哀想 やけど中一は、式神 欲しさに付 け込 まれている。
早く大人になりたい、可愛 い坊 やなあって、そんな目をして見つめ、身を任 せるけどええかって誘 う。初心 で奥手 やと思ってたけど、水煙 もなかなかえげつない。好きでない相手には、案外 何でも出来 る奴 らしい。
するっと剣の形に引き込まれるように、また抜き身のサーベルに戻った水煙 を、竜太郎 は席から立って、恐 る恐 る眺 めにやってきた。
「持ってもええの、アキ兄 ?」
「ええんやないか。こいつがそうしろ言うてんのやから」
振 られたわあ、ていう憂 い顔で、アキちゃんは竜太郎 に許 した。
結局 、剣やねん。アキちゃんにとって、剣のときの水煙は剣で、別に親戚の子が持ってみたいというんやったら、ケチることはない。そういう感覚らしい。
でもこれが、人型の時やったら触 らせへんで。
俺が信太 と抱き合うと痛いって顔をするのと同じで、アキちゃんは水煙 にも執着 してる。手でも握 ろうもんなら怖い顔して咎 めるやろう。
それが柄 なら平気やねん。ただしちょっと、横目 にちらりと竜太郎 を見たけどな。
「軽い……」
嬉 しそうに、立てて構 えた剣を見上げて、竜太郎 は感想を述 べた。
うっすら笑って、ちょっと照 れたような顔やった。
「実体 がないねん。せやから軽 い時は軽 い」
「重いときもあんの?」
不思議 そうにアキちゃんを見て、竜太郎 はいかにも、親戚 の兄ちゃんが持ってるすごい玩具 を貸してもらった、又従兄弟 の餓鬼 の顔やったわ。
せやけど水煙 は玩具 やないで。ほんまもんの神剣 や。
「あるよ。鬼を斬 るときには重い」
水煙 の白く輝 く刀身 を見て、アキちゃんは教えてやってた。
きらきらしてる水煙 の刀身 からは、アキちゃんがそれを振 るう時のような白い靄 は出てへんかった。
それが証拠 や。水煙 は燃 えてへん。アキちゃんでないと。
「鬼斬 る剣なの?」
びっくりした顔をして、竜太郎 はアキちゃんを見た。
「そうや。気をつけろ。人は斬 れへんけど、式 は怪我 するかもしれへん。こいつら鬼の一種やからな」
アキちゃんが真面目 に脅 す口調で言うと、うっふっふと信太 が可笑 しそうに笑った。
「怖い怖い、殺されるう」
いかにも吸いたそうな火のない煙草 を指にはさみ、信太 はエスプレッソを飲み干 した。
「行こか、寛太 。三ノ宮 行って、蔦子 さんの出待 ちしてよ」
鳥さんの手を引いて、信太 は席から立った。
「ごちそうさまでした」
にこにこ礼 を言う虎 に、アキちゃんはちょっと呆 れ顔をした。
「俺のおごりなんや」
「そらそうやわ先生。本家筋 なんやから」
当たり前やろという笑う口調で答え、信太 はまだぼうっと水煙 を見上げてる竜太郎 の頭をくしゃくしゃと撫 でた。
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