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三都幻妖夜話(3)神戸編 14-9 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
14-9 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
153 / 928
14-9 トオル
水煙
(
すいえん
)
は、こいつは
秋津
(
あきつ
)
の
跡取
(
あとと
)
りと、アキちゃんを
覡
(
げき
)
として育てるつもりでおるんやろけど、俺は正直、それはもうどうでもええわ。 アキちゃんが幸せやったら、それでいい。別にただの絵描きでええねん。きっと、それ一本で身の立つような男やろ。 そういう気がする。イルカの絵描く言うて、輪くぐりしてる海のほ乳類のショーを見る石段で、ぼけっと海の絵描いてるアキちゃんを
眺
(
なが
)
めると、むちゃくちゃ幸せそうやもん。 それに
比
(
くら
)
べて
竜太郎
(
りゅうたろう
)
と来たら、びっくりするくらい絵が
下手
(
へた
)
や。ほんまに血が繋がってんのか、この二人は。 信じられへん。見せたいわ、
皆
(
みんな
)
にも、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
が
描
(
か
)
いたイルカの絵。 わざわざ
現物
(
げんぶつ
)
見ながら
描
(
か
)
く意味あるんか。意味のわからん絵やった。 これイルカ? どれがイルカ? 魚? アシカ? オットセイ? お前ほんまに見て
描
(
か
)
いたんか。アキちゃんが寝ながら描いた絵のほうが
数段
(
すうだん
)
上手
(
うま
)
い。小学生かてもっと
上手
(
じょうず
)
やで。 「アキ
兄
(
にい
)
……ぜんぜん
描
(
か
)
かれへんのやけど」 ぐったりと
画板
(
がばん
)
に
項垂
(
うなだ
)
れて、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
はギブアップした。 それがええわ。もうやめとけ。
白紙
(
はくし
)
で出したほうが点数もらえる絵やわ。 「なに言うてんねん。ちゃんと
描
(
か
)
け。
宿題
(
しゅくだい
)
なんやろ」 スタジアムみたいに
段々
(
だんだん
)
と高くなっていく、すり
鉢状
(
ばちじょう
)
の石段の席の、一番上に座ってるアキちゃんは、イルカやのうて横の海を見ていた。 俺はその
隣
(
となり
)
で、アキちゃんが描いている海を見ていた。
水彩画
(
すいさいが
)
描いてるのを見たのは初めてやったけど、
上手
(
うま
)
いわあ。魔法みたい。 下書き無しで、アキちゃんはさらさら描いてた。 まさに午後の神戸の海の色やった。青また青のグラデーション。きらきら光る波。水平線の雲。ゆっくりと
往
(
い
)
く船と
海鳥
(
うみどり
)
。 それは目の前にある海やったけど、
単
(
たん
)
にそれを描いたわけやない。そこにはないものも絵の中にあった。 たぶんアキちゃんは、自分の中にあるイメージを絵にしてるんやろ。 海を描いてる。でも、自分の中から出てくるもんを描いてるんや。 「アキちゃん。中一ちょっと助けてやったら。ほんまひどいで。いっぺん見てみ。ほんまひどい。
笑
(
わろ
)
うてまうくらい
凄
(
すご
)
い」 自分の絵に
夢中
(
むちゅう
)
になってて、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
の
面倒
(
めんどう
)
みてへんアキちゃんに、俺は
忠告
(
ちゅうこく
)
しておいた。 「うんうん。絵なんか教えられへん。
適当
(
てきとう
)
に描けばええねん」
上
(
うわ
)
の
空
(
そら
)
みたいに、アキちゃんは答えた。
薄情
(
はくじょう
)
やった。 絵描いてる時に、こいつに何言うても
無駄
(
むだ
)
。聞いてへんし。
邪魔
(
じゃま
)
やって思われるし。 「なあ。何しに来たんか分からんようなるで。絶対に完成せえへん。
竜太郎
(
りゅうたろう
)
のあの絵は。今描いてるその絵をくれてやるつもりでないんなら、ちょっとくらいアドバイスしたほうがいい」 「お前が行け」 筆を洗いながら、アキちゃんはきっぱりとそう命じてきた。 でももう俺は聞かへんで。お前の
式
(
しき
)
やないからな。命令に
服従
(
ふくじゅう
)
する理由がない。
呪縛
(
じゅばく
)
されてんのやないで。俺はフリーやねん。自由な
亨
(
とおる
)
ちゃんなんやで。 せやのになんで俺は、大人しく石段降りて
竜太郎
(
りゅうたろう
)
のほうへ行くんやろ。
操
(
あやつ
)
られてるんやない。そうやないけど、他にすることもないしな。 アキちゃん
偉
(
えら
)
そうやねん。
我
(
わ
)
が
儘
(
まま
)
やしな。やれ言われたら、やらなあかんかなみたいな気になるねん。 同じやないか?
式神
(
しきがみ
)
やってたときと、何か違うか? めちゃめちゃパシらされてるやん。 「
竜太郎
(
りゅうたろう
)
。お前ちょっと絵が
下手
(
へた
)
すぎへんか」 後ろに立った俺に、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
はびくっと起きた。その横に、
水煙
(
すいえん
)
が横たえられていた。 「見んといて!」 体で絵を
隠
(
かく
)
す気の毒な中一に、俺は
哀
(
あわ
)
れむ目を細めた。 「見たないわ、そんな
下手
(
へた
)
くそな絵。でも見えてもうたんや、俺は目がええねん。あんまり
下手
(
へた
)
で
噴
(
ふ
)
いてもうて
洟
(
はな
)
出そうなったわ」 「うるさい。言わんといて!」 泣きそうなって、中一はめそめそ言うてた。 「
諦
(
あきら
)
めろ、もう。人にはできることと、できへんことがある。お前は未来予知とかデイ・トレードはできても、イルカの絵は描けへん男や。先生にそう言え。俺に絵描く宿題出すなんてお前はアホかって」 「そんなん言えるわけないやないか」 そうやろか。俺なら言うけどな。 中学行ったことないねんけど。もちろん高校もないし、小学校かてないで。 学校なんか
通
(
かよ
)
ったことない。どんなとこなん、ほんまの話。 「イルカの絵でないとあかんのか。ちょっと貸してみ」
画板
(
がばん
)
を
奪
(
うば
)
って、俺は
竜太郎
(
りゅうたろう
)
に、プールで
跳
(
は
)
ねてるイルカの絵を描いてやった。
鉛筆
(
えんぴつ
)
で
素描
(
そびょう
)
やけども、俺も絵が描けるんや。トミ子
由来
(
ゆらい
)
の
画才
(
がさい
)
があるねん。 「う……
上手
(
うま
)
い……」 敗北。そんな気配で、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
は俺が返した画用紙を見てた。 「それに
適当
(
てきとう
)
に
色塗
(
いろぬ
)
って先生にくれてやれ」 「でも、バレへんかな。急に絵が
上手
(
うま
)
くなったらバレるよね」 「バレへんバレへん。バレたらチューのひとつもしてやれ。お前は顔
可愛
(
かわい
)
いから、それで何とかなるかもしれへん。それでダメなら
脱
(
ぬ
)
いでやれ。一発やらせりゃ文句あらへん」 えっ、て
竜太郎
(
りゅうたろう
)
は言うてた。 なんや、そんなことも知らんのか。まだまだ青いなあ。 使え、ここぞというところで、神が与えたその
可愛
(
かわい
)
い顔を。 そうやって生きていくもんや、人の世は。 勉強なったやろ、今日は。
亨
(
とおる
)
ちゃんの話、聞けて
嬉
(
うれ
)
しいやろ。
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椎堂かおる
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