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14-10 トオル
にこにこ見上げてやると、竜太郎 は画板 を抱いて、もじもじしてた。
「そんなん……したことないもん」
小声 でゲロる竜太郎 は童貞君 やった。
そらそうやろな。中一やしな。今のご時世、まともな家の子やったらそうやろ。
そんなん言われんでも俺は知ってた。匂 いでわかるねん、バージンのやつは血が匂 う。溜 まりに溜 まった美味 そうな匂 いやで。甘露 の香る桃 のジェラートみたいにな。
「アキ兄 と、するの……どんな感じ?」
興味 に負けたって、そんな感じの振 り絞 った小声 で、竜太郎 は訊 いてきた。
眼下 のプールで、イルカがざぶんと跳 ねていた。
「めちゃめちゃ悦 えで……」
誘 う外道 の微笑 で、俺は竜太郎 君のまだまだ発育 途上 のお膝 を撫 でてやった。
「入れてもろたら、それだけで脚 震 えてくる。中が燃 えるみたいで、気持ちええねん、蕩 けそうやで」
解説してると、こっちもちょっとモヤモヤするやんか。
しかし俺より中一や。色薄い白い顔を真っ赤に染 めて、大して何にも話してないのに、もじもじ照 れて困 ってた。
そうか、お前やっぱり、アキちゃん好きなんか。モテるなあ、俺のツレ。
せやけど中一はさすがに引くやろ。それとも案外 、いける口か?
俺は引くわ。餓鬼 は趣味 やないねん。可哀想 やろ。
それでも今日は訳 ありで、俺は竜太郎 君を誘惑 していた。
「なあ。分家 の坊 。ちょっと他所 行って、俺と素敵 なお話しよか。俺と水煙 とお前と、三人で。アキちゃんを喜 ばせるには、どうしたらええか、水煙 が教えてくれるらしいで」
膝 より上も撫 でてやると、竜太郎 は、ああもうどうしようみたいな顔をした。可哀想 になあ、ほんまに可哀想 。
お前がアキちゃんとよろしくやれる可能性はゼロや。俺が居 るしな。それに、お前には童貞 でいてもらわな困 るんや。
「飲み物でも買いに行こう、竜太郎 。アキちゃん、コーヒー切れる頃 やし、お前も喉 乾 いたやろ」
俺は石のベンチの上にある、水煙 の柄 を手に取った。
それはもう、俺の指にも触 れた。ひやりとした感触 のする柄 を握 り、俺は抜 き身 の水煙 にちょっとばかしビビったが、よもや俺を斬 りはせえへんやろ。今や運命 共同体 なんやから。
おいでと言って手を引くと、竜太郎 は慌 てて画板 を置いてついてきた。
ついて来 えへんはずがない。俺には基本的に、幻惑 できへん人間はいてへん。
まして身も心も隙 だらけみたいな中一なんて、俺の敵やない。
好みかどうかは、この際なんの関係もないわ。俺はお前に用がある。
俺が、というか、水煙 が、かもしれへんけどな。
竜太郎 と水煙 を連れて、俺が出ていくのに、アキちゃんは全く気づいてへん。絵に夢中 になっていて、自分の世界に没入 してる。
まだまだ幼 い足がもつれる早さで手を引く俺に、竜太郎 は必死でついてきた。
さあ、どこがええやろ。あんまり人の来 えへんところがええなと、俺は辺 りの扉 を探した。
「どこ行くの。なあ。こんなとこ、入ってええのか」
関係者以外立ち入り禁止のドアを俺が開くと、竜太郎 は動揺 していた。
そのドアにはもちろん、鍵 がかかってた。せやけどそんなん関係あらへん。
俺は扉 を開けられる。それが霊的 に閉じられていて、俺より閉じる力の強いやつが鍵 をかけたんでなければ。
いくつか扉 をくぐり、俺は竜太郎 を半地下のような高い吹き抜けのある部屋に連れて行った。
奥にはゆっくり回遊 する魚の群 れが見えていた。
たぶん大水槽 の裏 なんやろう。その奥には幾 つもの、小さな水槽 が並んでいた。
金網 張 りの床 の、いわゆるキャットウォークが張 り巡 らされて、水槽 の水面 が足もとに見えている。
水槽 の中には、いろんな魚が飼 われていた。
水は海からとってるらしい。むわっと濃厚 な、潮 の香りが立ちこめていた。
そんな水槽 だらけの部屋の真ん中らへんで、俺は竜太郎 の手を放した。
手が痛かったんか、それともちょっとビビってたんか、竜太郎 は自分の手首を神経質そうに揉 んでいた。
「なに、ここ? コーヒー買うんやなかったんか」
「後で行く。その前に、水煙 がお前に話があるらしい」
ちょうどええわ。水もいっぱいあるしな。
どうせやったら、人の姿に近いほうが、竜太郎 も話しやすいやろって、俺は深くも考えず、すぐ足下 にあった水槽 に、水煙 の刀身 を浸 からせてやった。
変化はすぐに目に見えた。ものすごい光というか、白く輝く靄 みたいなもんが、水面から吹き出るように立ち上 ってきた。
あれ。変やなあ。ここまで派手 やなかったはずやで。
剣が熱くて、俺はつい柄 から手を放した。
水煙 はふっと支 えをなくし、水槽 に沈 んでいった。
あっ、やってもうたと、俺は思い、とっさに水槽 を覗 き込 んでた。
泡立 つ水の底で、なにかでかいモンが蠢 くのが、俺には見えた。
それはすぐに、白い水面を割って現れた。
水煙 やで。そうやと思うわ。
でもそいつは、龍 やった。上半身 は水煙 なんやけど、腰 から下が蛇 やねん。それとも龍 か。
龍 と蛇 って、下半身 だけやと、どう違 うんや。わからへん。
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