154 / 928

14-10 トオル

 にこにこ見上げてやると、竜太郎(りゅうたろう)画板(がばん)を抱いて、もじもじしてた。 「そんなん……したことないもん」  小声(こごえ)でゲロる竜太郎(りゅうたろう)童貞君(どうていくん)やった。  そらそうやろな。中一やしな。今のご時世、まともな家の子やったらそうやろ。  そんなん言われんでも俺は知ってた。(にお)いでわかるねん、バージンのやつは血が(にお)う。()まりに()まった美味(うま)そうな(にお)いやで。甘露(かんろ)の香る(もも)のジェラートみたいにな。 「アキ(にい)と、するの……どんな感じ?」  興味(きょうみ)に負けたって、そんな感じの()(しぼ)った小声(こごえ)で、竜太郎(りゅうたろう)()いてきた。  眼下(がんか)のプールで、イルカがざぶんと()ねていた。 「めちゃめちゃ()えで……」  (さそ)外道(げどう)微笑(びしょう)で、俺は竜太郎(りゅうたろう)君のまだまだ発育(はついく)途上(とじょう)のお(ひざ)()でてやった。 「入れてもろたら、それだけで(あし)(ふる)えてくる。中が()えるみたいで、気持ちええねん、(とろ)けそうやで」  解説してると、こっちもちょっとモヤモヤするやんか。  しかし俺より中一や。色薄い白い顔を真っ赤に()めて、大して何にも話してないのに、もじもじ()れて(こま)ってた。  そうか、お前やっぱり、アキちゃん好きなんか。モテるなあ、俺のツレ。  せやけど中一はさすがに引くやろ。それとも案外(あんがい)、いける口か?  俺は引くわ。餓鬼(がき)趣味(しゅみ)やないねん。可哀想(かわいそう)やろ。  それでも今日は(わけ)ありで、俺は竜太郎(りゅうたろう)君を誘惑(ゆうわく)していた。 「なあ。分家(ぶんけ)(ぼん)。ちょっと他所(よそ)行って、俺と素敵(すてき)なお話しよか。俺と水煙(すいえん)とお前と、三人で。アキちゃんを(よろこ)ばせるには、どうしたらええか、水煙(すいえん)が教えてくれるらしいで」  (ひざ)より上も()でてやると、竜太郎(りゅうたろう)は、ああもうどうしようみたいな顔をした。可哀想(かわいそう)になあ、ほんまに可哀想(かわいそう)。  お前がアキちゃんとよろしくやれる可能性はゼロや。俺が()るしな。それに、お前には童貞(バージン)でいてもらわな(こま)るんや。 「飲み物でも買いに行こう、竜太郎(りゅうたろう)。アキちゃん、コーヒー切れる(ころ)やし、お前も(のど)(かわ)いたやろ」  俺は石のベンチの上にある、水煙(すいえん)(つか)を手に取った。  それはもう、俺の指にも()れた。ひやりとした感触(かんしょく)のする(つか)(にぎ)り、俺は()()水煙(すいえん)にちょっとばかしビビったが、よもや俺を()りはせえへんやろ。今や運命(うんめい)共同体(きょうどうたい)なんやから。  おいでと言って手を引くと、竜太郎(りゅうたろう)(あわ)てて画板(がばん)を置いてついてきた。  ついて()えへんはずがない。俺には基本的に、幻惑(げんわく)できへん人間はいてへん。  まして身も心も(すき)だらけみたいな中一なんて、俺の敵やない。  好みかどうかは、この際なんの関係もないわ。俺はお前に用がある。  俺が、というか、水煙(すいえん)が、かもしれへんけどな。  竜太郎(りゅうたろう)水煙(すいえん)を連れて、俺が出ていくのに、アキちゃんは全く気づいてへん。絵に夢中(むちゅう)になっていて、自分の世界に没入(ぼつにゅう)してる。  まだまだ(おさな)い足がもつれる早さで手を引く俺に、竜太郎(りゅうたろう)は必死でついてきた。  さあ、どこがええやろ。あんまり人の()えへんところがええなと、俺は(あた)りの(とびら)を探した。 「どこ行くの。なあ。こんなとこ、入ってええのか」  関係者以外立ち入り禁止のドアを俺が開くと、竜太郎(りゅうたろう)動揺(どうよう)していた。  そのドアにはもちろん、(かぎ)がかかってた。せやけどそんなん関係あらへん。  俺は(とびら)を開けられる。それが霊的(れいてき)に閉じられていて、俺より閉じる力の強いやつが(かぎ)をかけたんでなければ。  いくつか(とびら)をくぐり、俺は竜太郎(りゅうたろう)を半地下のような高い吹き抜けのある部屋に連れて行った。  奥にはゆっくり回遊(かいゆう)する魚の()れが見えていた。  たぶん大水槽(だいすいそう)(うら)なんやろう。その奥には(いく)つもの、小さな水槽(すいそう)が並んでいた。  金網(かなあみ)()りの(ゆか)の、いわゆるキャットウォークが()(めぐ)らされて、水槽(すいそう)水面(すいめん)が足もとに見えている。  水槽(すいそう)の中には、いろんな魚が()われていた。  水は海からとってるらしい。むわっと濃厚(のうこう)な、(しお)の香りが立ちこめていた。  そんな水槽(すいそう)だらけの部屋の真ん中らへんで、俺は竜太郎(りゅうたろう)の手を放した。  手が痛かったんか、それともちょっとビビってたんか、竜太郎(りゅうたろう)は自分の手首を神経質そうに()んでいた。 「なに、ここ? コーヒー買うんやなかったんか」 「後で行く。その前に、水煙(すいえん)がお前に話があるらしい」  ちょうどええわ。水もいっぱいあるしな。  どうせやったら、人の姿に近いほうが、竜太郎(りゅうたろう)も話しやすいやろって、俺は深くも考えず、すぐ足下(あしもと)にあった水槽(すいそう)に、水煙(すいえん)刀身(とうしん)()からせてやった。  変化はすぐに目に見えた。ものすごい光というか、白く輝く(もや)みたいなもんが、水面から吹き出るように立ち(のぼ)ってきた。  あれ。変やなあ。ここまで派手(はで)やなかったはずやで。  剣が熱くて、俺はつい(つか)から手を放した。  水煙(すいえん)はふっと(ささ)えをなくし、水槽(すいそう)(しず)んでいった。  あっ、やってもうたと、俺は思い、とっさに水槽(すいそう)(のぞ)()んでた。  泡立(あわだ)つ水の底で、なにかでかいモンが(うごめ)くのが、俺には見えた。  それはすぐに、白い水面を割って現れた。  水煙(すいえん)やで。そうやと思うわ。  でもそいつは、(りゅう)やった。上半身(じょうはんしん)水煙(すいえん)なんやけど、(こし)から下が(へび)やねん。それとも(りゅう)か。  (りゅう)(へび)って、下半身(かはんしん)だけやと、どう(ちが)うんや。わからへん。

ともだちにシェアしよう!