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14-11 トオル

 水煙(すいえん)はずっと俺のこと、(へび)(へび)やと(さげす)むように呼んでやがったけど、お前も似たようなもんやないか。大層(たいそう)変わらん長虫(ながむし)仲間や。 「海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)」  真っ青な長い指で、水煙(すいえん)竜太郎(りゅうたろう)の両肩を(つか)んでた。  蛇体(じゃたい)がけっこう長くてな、水槽(すいそう)から立ち上がると、上から(せま)ってくるようなでかさやねん。  竜太郎(りゅうたろう)完璧(かんぺき)腰抜(こしぬ)けてたと思うわ。キャットウォークにへたり込んでいた。  実を言うと俺もちょっとへたりそうやった。怖いねん。水煙(すいえん)怖いよう。  こいつは俺の先輩(せんぱい)で、蛇神(へびがみ)の一種やったんやなあ。  実はこっちが本性(ほんしょう)で、ずっと長く剣の姿をとりすぎて、自分がどんな正体(しょうたい)やったか忘れてもうてたんやないか。  それを思い出したんやろ。アキちゃんのおとんと一緒に軍艦(ぐんかん)乗ってて、いっしょに海に落ちてもうて、海のエキスたっぷりの水気(みずけ)を吸うて、思い出した。自分がどんな神やったか。  でももうその時には、アキちゃんのおとんは死んでもうてたんや。 「お前には予知(よち)(さい)があるやろ。分家筋(ぶんけすじ)には昔からあった。それに(わず)かばかりとはいえ、お前も(りゅう)眷属(けんぞく)や。(りゅう)に愛された血筋や。そうやろ竜太郎(りゅうたろう)」  (ふる)いつくような美貌(びぼう)水煙(すいえん)に、間近(まぢか)に甘い息を()きかけられて、竜太郎(りゅうたろう)はこくこく(うなず)いていた。  泣きそうみたいな、ビビりきった顔でな。 「血が(にお)うてるわ。龍人(りゅうじん)末裔(まつえい)や。そして(げき)でもある。秋津(あきつ)傍流(ぼうりゅう)やからな。お前やったら(もう)(ぶん)ない。お前が(りゅう)()(にえ)になれ」 「なに……なに、なんの話なん。()(にえ)って……」  水煙(すいえん)は、非力(ひりき)やったはずや。  それでも竜太郎(りゅうたろう)は、水煙(すいえん)から()げられへんらしい。  確かに食い込むような指で、水煙(すいえん)竜太郎(りゅうたろう)をとっつかまえてた。  もしかして、この水が、海水やからかなと、俺は水煙(すいえん)が長い半身(はんしん)を突っ込んだままでいる水槽(すいそう)の中の、(しお)(かお)る水を見つめた。  海の水って、ただの水と、なんか違うの。塩辛い以外にも、なんか違いがあんのかな。  あるんやろうな。風呂(ふろ)の水やと、あんなにナヨかった水煙(すいえん)が、今ではまるで怪物か、海の底から現れた、ええのか悪いのかよう分からんような神さんや。  水煙(すいえん)の体は、(あや)しく(かがや)くような(うろこ)(かざ)られていて、綺麗(きれい)やけども、抱かれると傷だらけになりそうやった。 「(りゅう)が現れると予知(よち)したやろう。お前の他の連中も、同じように予知(よち)をした。ヘタレの(しげる)がそう言うてたわ。せやからそれはもう確定(かくてい)やろう。確定(かくてい)した未来になるんや」  キレたみたいに水煙(すいえん)怒鳴(どな)り、それに部屋の水槽(すいそう)の中で飼われてる魚が、びしゃびしゃ()ねた。 「忌々(いまいま)しいわ。でも、そうなるもんは仕方ない。肝心(かんじん)なのは、そこから先や。お前に見える未来は、ひとつだけか、竜太郎(りゅうたろう)」  (あや)しく光る水煙(すいえん)の大きな目に(にら)まれて、竜太郎(りゅうたろう)(ちぢ)こまっていた。  それでも神の問いかけや。質問には答えないとあかんと思ったんやろ。  ふるふると、小さく首を横に()ってた。真っ青な顔してな。 「わからへん……見ようとすると、モヤモヤってなって……」 「まだ確定(かくてい)してないんや」  竜太郎(りゅうたろう)の言葉を引き取って、水煙(すいえん)は結論をつけた。  そうして黒い目を細め、水煙(すいえん)は少しの間だけ、遠くを見透(みす)かすような目つきをしてた。 「未来を()ろ、竜太郎(りゅうたろう)。一番当たり(さわ)りのない未来を。それが無理なら、お前が()(にえ)になる未来を()るんや。うちの(ぼん)()(にえ)には出させへん」 「アキ(にい)()(にえ)になるんか?」  (おどろ)いた顔をして、竜太郎(りゅうたろう)は聞き返してた。  こいつは(りゅう)出現(しゅつげん)予知(よち)しただけや。(くわ)しいことは分かってへんかったんやろ。  俺はどうも、水煙(すいえん)のやり(くち)賛同(さんどう)しかねる(めん)もあってな、思わずよそ見をしていたわ。見てるとちょっと引いてもうてな。  水煙(すいえん)は、こういう考えやった。  なんでうちのジュニアが死ななあかんねん。竜太郎(りゅうたろう)がおるやろ。  あいつも傍流(ぼうりゅう)とはいえ秋津(あきつ)の血を()餓鬼(がき)んちょで、予知(よち)の才能もある(げき)や。  それに()(にえ)は若いほうがええねんて。そしてできれば、童貞(バージン)のほうがいい。  (りゅう)は実際的には童貞(バージン)やのうても、より強い力のあるアキちゃんのほうが好きかもしれへんけども、それでも竜太郎(りゅうたろう)でもかまへんやろ。  なんというても童貞(バージン)やしな。  なんというてもアキちゃんを死なせるわけにはいかへん。  せやから代わりに、死んでもらおか、竜太郎(りゅうたろう)に。って。  それなら秋津(あきつ)面目(めんもく)も立つし、アキちゃんも死なせずに済む。  こういう時のバックアップとしての分家(ぶんけ)やないか。それを使う時やって。 「秋津(あきつ)(りゅう)(あば)れた時には、一族から()(にえ)を出してきた。大抵(たいてい)適齢(てきれい)の、できるだけ末子(まっし)に近いのをやった。せやけどあいにく、本家(ほんけ)は一人っ子でな。分家(ぶんけ)のお前が適任(てきにん)や」 「(いや)や……()(にえ)なんて、なりたないわ!」  (のが)れようと藻掻(もが)いて、竜太郎(りゅうたろう)(こば)んでた。  水煙(すいえん)はそれを、(のが)しはせえへんかった。 「誰かてそうや。死ぬのが(うれ)しい言うて死んだ(やつ)なんかおらん。泣く泣くの覚悟(かくご)を決めて、家のため、国のために死ぬんやないか。お前もそれをやれ、竜太郎(りゅうたろう)本家(ほんけ)養子(ようし)にしてやるわ」  水煙(すいえん)は怖いぐらいの無表情やった。

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