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14-12 トオル
せめて泣いて頼 めと、俺にはそういう気がしたけどな。血も涙もないわ。
そのガラス玉みたいな目で見下ろされ、竜太郎 は震 えてた。
「ジュニアもきっと喜ぶやろ。あの子はずっと子供のころから兄弟欲しいて言うてたからなあ。弟できて嬉 しいやろう」
そうかなあ。すぐ葬式 出さなあかん弟なんやで。俺は賛成できへんけどなあ。
竜太郎 も賛成できへんようやった。泣きべそかいて答えたわ。
「アキ兄 は、そんなん、喜ばへん。僕が死んでもええなんて、そんなこと、思うわけないもん」
めそめそ言うてる竜太郎 に、水煙 はうっすら笑った。馬鹿にしたような、壮絶 な笑みやった。
そんなふうに笑わんといて、ここで。怖いしな。
「そうやろか。自分が死ぬよりマシやないか。お前もそう思うやろ。アキちゃん死んでも、自分が生きてるほうがええわって、そう思うやろ。どうでもええんや。うちの坊 がつらい思いして死んでも、どうでもええんや、お前らは」
水煙 は、恨 む目やった。こいつがこんな顔するなんて、思いもよらへんかったな。
相手、中一なんやで、水煙 。こいつが悪い訳やない。
アキちゃんのおとんが死んだのも、龍 が出るのも、こいつのせいやない。やむを得ぬ時流 というやつなんやで。
誰も彼もそれに押し流されて、否応 もなく生きてるだけや。竜太郎 に罪はない。
もう止 めへんか。やっぱり止 めとかへん?
俺はなんとも、つらくなってきてた。やっぱり本人見てまうと、どう見ても中一やで。まだまだ餓鬼 やわ。
アキちゃん死ぬのも可哀想 やけど、こいつかて可哀想 やないか。
まだ一丁前 の恋もしてへん。背丈 も俺の胸くらいまでやで。
それで龍 に食われろなんて、鬼やないか。鬼そのものや。
それでも水煙 は鬼やったわ。まさに鬼。
神様レベルの冴 えた美貌 も禍々 しい、青い鬼さんやった。
「死なせへん。俺はもう沢山 なんや。葬式 出すのはもうええわ。アキちゃんは永遠に生きられる。もう俺は永遠にアキちゃんの剣のままやで。お前が死ね、竜太郎 。お前が死ねばええんや」
愛ってときどき、醜 いな。水煙 はめちゃめちゃ怖かった。マジもんの怪物みたいやった。
俺にはそれが、ちょっと心配やった。
アキちゃんはきっと、こんなの好きやないやろ。
水煙 のことは、綺麗 やと言うてた。
こいつが実はこんな醜 い鬼やとは、知りたくないやろ。きっと、がっかりする。
ほんで、ちょっと、傷つくんやで。もしかしたら、すごく傷つく。水煙 のこと、好きなんやったらな。
「水煙 、もうやめとかへんか……無理やで、そんな餓鬼 。びびってもうて腰抜けてるやないか。生 け贄 なんか勤 まるわけない」
ついつい俺が諫 めると、水煙 はキッと怒って俺を見た。
ぐはあ。チビりそう。勘弁 してくれよ、俺かて罪もない蛇 やで。
「根性無しの蛇 め。こいつの血吸うてやれ。お前の僕 にして操 るんや」
水煙 に怒鳴 られて、俺も震 え上がってた。
逃げたい、正直逃げたい。でも逃げるわけにいかへん。竜太郎 ほっとくわけにいかへんしさ。
「嫌 やで、やっぱりやめとく。アキちゃんに怒られるわ」
怖 じ気 づいた俺を、水煙 は憎そうに見た。
「死んでもええんか、アキちゃんが」
「嫌 やけど……でも、きっと、お前は醜 いって言われるで。水煙 。お前は今、鬼みたいやで。鬼さんいっぱい食い過ぎて、自分も鬼になってもうたんか?」
顔をしかめる水煙 は、竜太郎 を握 り潰 すんやないかと思えた。そんな凶暴 な神に見えた。
神と悪鬼 の境目 はなんやろ。
たぶん、そんなもんはない。堕 ちた神が、悪魔 なんやで。
お前はずっとお高くて、神さんやって崇 め奉 られてきたのに、今さら悪魔 はないやろ。格好 悪いやんか。
せっかくアキちゃんの剣に納 まれたのに。アキちゃん好きやて、そんな顔して抱かれてた時には、お前はけっこう可愛 いかったし、確かにまあまあ綺麗 やったで。
そんな顔して、ずっと居 るわけにはいかへんのか。
「綺麗事 では守れへんのや。俺はアキちゃんが可愛 い、何より大事やねん。何と言われてもええわ。命あっての物種 や。生きてれば幸せになれる、そのためにお前が居 るんやろ、水地 亨 」
「なられへん、アキちゃんは。俺が居 っても、この餓鬼 殺して生き延 びたと分かれば、幸せにはなられへん。そんな薄情 な男やないで」
黙 ってればバレへん。そういうもんやろか。
竜太郎 を龍 に食わせたら、アキちゃん立ち直れへんのやないか。
勝呂 を殺 ってもうたことからも、全然立ち直ってへん。つらいつらい、あいつに済まないって、人食うたような外道 の犬にでも、本気でそう思うてる。
自分のせいで大勢死んだって、今でもずっと傷ついてるで。
内心の奥深くにあるその傷が、今でも治ってないのが俺には分かる。だって俺はアキちゃんのツレやしな。何を思ってんのか、それくらいは分かる。
それが何の罪もない中一殺してもうたって、いつか気がつく羽目 になったら、俺も水煙 もただでは済まんで。絶対許してもらわれへん。
お前ら鬼やって、まとめてポイポイ捨てられるんやで。
「相談しよう、アキちゃんに話して。あいつは割と大人物 やで。案外なにか妙案 を、思いつくかもしれへん」
俺は水煙 を説得 しようとした。
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