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14-13 トオル
それでも俺の話なんか聞くような奴 やないわ。
「そうか。お前が嫌 ならしゃあないな。俺ひとりでやるわ」
やりたくなかったんやけどな、って、水煙 は俺にぼやいた。
お前のやりかたのほうが、まだしも優 しいと思うんやけどと。
そう話す水煙 は、名前の通りの白い霧 を発し、その大きな黒い目の中に、白い光が灯 って見えた。
それはまるで、夜空に渦巻 く星雲 のようやった。
その目で見つめられた竜太郎 の瞳 の奥にも、同じような白い光が渦巻 いて見えた。
ヤバない? なんか、ヤバそうかな、みたいな、そんな空気やない?
「竜太郎 。お前の頭ん中を、がらんどうにしてやろう。体だけあればええ。生 け贄 に、心なんかは要 らへんで」
震 えて見つめる竜太郎 の頭を撫 でるみたいに、水煙 は青い指を這 わせた。
その指がね。入ってる。頭の中に。入ってるっぽい。
あのな。ヤバない? すでにもう、言うてる場合やないぐらいヤバい。
「水煙 、ちょっと待て、何すんのそれ?」
「魂 引き抜く」
ごそごそ探す指使いで、水煙 は目を細めてた。
「あかんあかん、そんなん引き抜いたらあかんのとちがう? だってどうなんの、死んでまうやないか?」
俺はオタオタ訊 いていた。
「死にはせえへん。人形みたいになるだけや。それでも命も力もあるんや。骨抜 きのほうが龍 も食いやすいやろ」
「いやいや、そんなんあかんて。バレるから。絶対バレるよ、アキちゃんに。こんな可愛 くない餓鬼 が、急に腑抜 けになってもうたら、何かあったって思うに決まってるやんか」
「お前さえ黙 ってればバレへんわ……」
何か探し当てたような顔をして、水煙 は目を伏 せた。
そうっと引き出す慣 れた手際 で、水煙 は竜太郎 の頭から手を引き抜いた。
その指に、手の平いっぱいに納 まるくらいの白く輝 くゼリーか玉 か、そんな感じのするものが、揺 らめくような虹色 の光を時々閃 かせて、鷲 づかみにされていた。
それが、元の体に惜 しむ名残 があるように、とろりと長い尾 を引いて、竜太郎 の眉間 と繋 がっていた。
「やめとけ、そんなん、出したらあかんて。どうすんのそれ、どこに置いとくの」
戻せ戻せって、俺はジタバタ水煙 に頼 んだ。
そやのに奴 は白い舌で舌なめずりしやがって、美味 そうやなあって顔で答えた。
「食うんや」
そうやった。こいつ、命とか魂 とか食うやつなんやった。
勝てるんかなと、俺は焦 って考えた。
もしここで、俺が変転 して戦ったとして、俺は水煙 に敵 うんか。
たぶん無理。こいつのほうが強いやろ。年期 が違うわ。
亨 ちゃん、まだまだピチピチやからな、水煙 みたいに齢 何万年みたいなやつから見たら、ヒヨっ子やねん。
それでも、やっとかなあかんかな。
あのなあアキちゃん、水煙 兄さん乱心 してもうてなあ、竜太郎 の魂 食うちゃった。
俺、見てたけど、怖いし見殺しにしちゃった。えへへ。ゴメンネ。なんつって、そうか、それはしゃあないなあ亨 って、アキちゃん許 してくれるかな?
んな訳 あらへん。何やっとったんやお前って、めちゃめちゃ言われる。どつかれる可能性もある。許 してもらわれへん恐 れもある。
やらなあかんか。水煙 と一戦 。
変転 したかて似たようなもんやで。倒 そうとして倒 せる相手やない。
こいつも神様なんやから、拝 み倒 すしかないんとちゃうか。おかん方式 。こうなったらもう、おかん方式 しかない。
「食うたらあかんて水煙 。やめとこうって、今ならまだ引き返せるやんか。俺はチクるで、お前が食うたら、アキちゃんに全部べらべら話す。お前もここにほったらかして行くからな。腑抜 けの竜太郎 に連れて帰ってもらえんのか。それともその、ジュニアにドン引きされそうな格好 で、ずるずる這 って戻 ってくるつもりか」
ぐっと堪 えたらしい顔をして、水煙 はぎろりと俺を睨 んだ。
めっちゃ怖い。ほんま言うたら、その時の水煙 は、めちゃめちゃ怖いんやけど、醜 くはなかった。
それはさすがに神さんや。荒 ぶる神で、禍々 しくはあっても、怖いような美貌 やわ。
きっとアキちゃん、見とれてまうやろ。あいつそういう変態 やからな。
それでも水煙 は明らかにビビってた。自分は醜 いんやないかって、怖いらしい。
可哀想 にな、水煙 兄さん。俺も分かるよ、その気持ち。
まだアキちゃんに、見せてへんもんな、この海の化けモンみたいなお姿 は。
嫌 われるかもって思うよな。今度こそ、可愛 いジュニアが目を背 け、お前は醜 いて言うかもしれへん。
そうなったらつらいよな、お前はアキちゃん好きなんやから。
「死ぬよりつらい目に遭 うで。竜太郎 を殺したら。アキちゃんきっとお前を許 さへん。もうどこへでも行け、お前なんか要 らんて言うわ」
海蛇 みたいなのたうつ動きで、水煙 は身を捩 ってた。
険 しい顔して俺を見る、その目に迷いがあるようで、俺はちょっと希望を持った。
きっとどこかに隙 はある。水煙 の手から、竜太郎 を奪 い取って逃げる、そんなタイミングが。
「それでも……かまへん。あの子が死ぬよりましやないか」
「思い詰 めるな、なんか手はある」
もう適当やで。口から出任 せ、嘘八百 で俺は言うてた。
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