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14-15 トオル
ただ俺が、つらいだけやねん。
しかし耐 えようか、敢 えてそれを。
耐 え難 きを耐 え、忍 び難 きを忍 ぼうか。
それもこれも、可愛 い俺のツレのため。水煙 好きや、愛してるって、言うてやっても許 す。
だってそうやなかったら、何ともならん状況なんやで。
「ほんまやで……水煙 。嘘 やて思うんやったら、俺の心を覗 き見してもええからさ。やめてくれ。助けてやってくれ、竜太郎 。アキちゃん泣くしな、やめとこうな、そんな無茶苦茶 は」
水煙 は、ほんまに俺の心を読んだんかもしれへん。
遠慮 のない奴 や。この際 ええけど。
見たらあかんで、そんなん普通。知らんでええモンもあるやんか。
竜太郎 をとっつかまえてた腕 をだらりと垂 らし、水煙 はじっと俺を見た。
「嘘 や」
水煙 はまるで、駄々 をこねてる餓鬼 んちょみたい。
「もしほんまに、ジュニアがそうやったとして、何でお前が俺にそれを許 せるねん」
まだ魂 出たまんまやからな、竜太郎 。ちょっとあんまり引っ張らんといてくれへんか、水煙 。
尻尾 切れたらどないすんねん。魂 が体に戻られへんようになるんやないか。
ハラハラしながらそれを見て、俺はヤケクソで叫 んでた。
「アホやから! アホやから許 せるんや。どうでもええやん、そんなん。言われたいやろ、アキちゃんに。お前を愛してるって。言うてくれて頼 め、亨 が言うてええって許 した言うとけ。あいつもアホやから、ああそうか助かったって言うわ!」
ほんまにもう、どさくさまぎれのやけっぱちやで。俺は喚 いた。
わなわな来てる水煙 相手に、思いつくまま怒鳴 りまくったわ。
「どうせ一目惚 れやねん、知らんかったやろ。アキちゃんお前をひと目見た時から、うっとり来てたわ。勝呂 瑞希 かてそうやろ。鳥さんでもええんやで。誰でも好きやねん。おかんも好きやで、舞 もちょっとええなみたいな感じやろ。愛してええなら全員まとめていっとくような男やで。亨 居 るからしゃあないなあって、我慢 してるだけやないか。行ってええなら誰でも行くよ。せやけどしゃあない。お前も犬に言うとったやないか。そこらの男に惚 れたんやないねん、あいつは……」
言うてて自分で泣きそうやったわ。重い重い。
あいつは俺だけのモンにはならへん。アキちゃんには仕事があるわ。
都 を守るのが血筋 の務 めなんやって。それから逃げたら負け犬と、おかんは俺に諭 してた。
おとんが戦 に行くときに、おかんは行くなと泣きついたりはせえへんかったらしいで。
ほんまかどうか。もう生きて戻って来ないと分かり切ってた相手でも、勝って戻れと送り出したんや。
どっかへ連 れてトンズラしようかなんて、俺みたいな無様 なことは、ちっとも思わへんかったらしい。
ほんま言うたら思いはしたやろ。あの人かて心はあるんや。
それでも付き合 うてやったんやろ。逃げたら負けやという愛 しい男に。勝って戻ると信じてやった。
お前はそんな英雄 と、信じてやらんでどうやって、秋津 暁彦 は英雄 になれるやろ。
信じてやらんと神でも消える。そういうもんなんやで。
信じる愛が、人を支え、神を支える。
おかんは立派 な連れ合いやった。見上げたもんやと俺でも思うわ。
そんなおかんがアキちゃんの理想の人で、俺にとっては史上最大の恋敵 。
負けるもんかと張り合うんやったら、こっちもそれなりの器量 を見せなあかん。
厳 しいわ、あのオバハン。がっちりアキちゃんのハートを掴 んでるんやもんな。
あれに勝つのは難儀 やで。水煙 ぐらいで、へこたれてられへんで。
なんでもない水煙 ぐらい。亨 ちゃん強い子やからな。きっと耐 えられる。耐 えられるやろ、アキちゃんのためなら、何だって耐 えられる。
「もう……行こうな、水煙 。アキちゃんには、黙 っといてやるし。竜太郎 の記憶は、俺が消すわ。そんな小技 もあるねんで。ちょっと血吸うて、暗示 かければ一発やから。なあ? リセットかけてやり直してみよ?」
なあなあ頼 むよ水煙 て、俺は拝 み倒 した。
もう頼 むしかないわ、神頼 み。
水煙 はまだ、わなわな震 えたような悲しい顔やった。
それでよっぽどヘコタレてきたんか、もともと半人 半龍 やったんが、ふにゃふにゃあって、いつもの人型 に戻ってた。
キャットウォークにへたる水煙 の膝 で、竜太郎 の魂 は、はよ逃げなあかんみたいな手際 の良さで、するすると竜太郎 の眉間 に引き戻されていった。
それで平気なんか、廃人 とかなってないやろなと、俺は心配やったけど、とにかく一難 は去った。そう思えて、こっちもヘトヘトなってましたわ。
あー。ビビった。マジで怖かった。我ながらよう止めた。口車 だけで。
「お前のアホには、勝たれへん……」
愕然 と負けた小声で、水煙 は金網 を掴 むようにへたり込んだまま、俺に向かって呟 いた。
「ああそうか。褒 めてくれてありがとうやで。これ、寝てへんのやないか?」
さっさと記憶消してやろと思って、俺は竜太郎 を自分の膝 に抱えてやった。
何の抵抗もせず、だらりと痺 れてる竜太郎 は、それでも見開いた目で俺を見上げた。
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