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14-16 トオル
意識がないとか、混乱してるというような目とは違うねん。体は金縛 りみたいになってるけど、それでも意識はあるっぽい。
可哀想 に。怖いモン見たな、竜太郎 。ひとりでトイレ行けへんようになる。
俺が全部見なかったことにしてやるから、ひとりでトイレ行け。
しかし奇跡 というのは、だいたい唐突 に起きるもんである。
そしてそれは何も、神とか、天使とか、光の洪水 とか、そういう舞台装置が一個もなくても、起きる時は起きるもんらしい。
俺が血を吸おうとして、首筋を噛 もうとしたとき、竜太郎 が口を利 いた。
「ま……待って……」
痺 れた舌で俺を止め、竜太郎 はじっと俺を見た。
ゆっくりと、魂 が体にまた馴染 むまでの間、竜太郎 はもつれそうな舌で、それでも必死で俺と水煙 に訊 いた。
「僕が……アキ兄 を……助けられんの?」
考えたと、中一は言うた。餓鬼 のくせして、まるで惚 れた男がいるみたいな目をして。
考えたんやって。自分が死ぬのは確かに怖いし嫌 やけど、それでアキちゃん助かるんやったら、まあええかなんやって。
そしたらアキ兄 は、僕も愛してくれるかと、竜太郎 は俺に訊 いた。
俺に訊 くなやで、そんなこと。本人に訊 け。
なんで俺がそんな大盤振 る舞 いせなあかんねん。
それでも言うしかあらへんやんか。
「そんなんせんでも愛してくれるで。心配せんでええねん、お前は餓鬼 なんやから」
とっとと忘れとこかって、俺はすすめたけども、結局、竜太郎 はそれを拒 んだ。
忘れたないんやって。自分も戦いたいと、中一は言うた。
アキ兄 死んだら嫌 なんやって。
それなら自分が身代わりにと、申し出ましたよ、ローティーンの童貞 君が。
うちのツレ、どこまで恐ろしい男やねん。
えええ、みたいな。えええ、マジかって感じですわ。
「お前、なんかしたやろ。こいつに暗示 をかけたやろ」
俺はへたりこんでる水煙 を詰 った。なんもなしで中一が死を覚悟 するわけがない。
「なんもしてへん……」
「嘘 や絶対。お前に魂 舐 められて、変な病気がうつったんや。絶対そうに違いない」
不治 の病 や。アキちゃん恋 しい病 。
ちょっとあちこち蔓延 しすぎてきてへんか。
俺だけでええのに。その病気の罹患者 は。闘病 仲間なんか要 らんねんて。
「責任とれ水煙 。どないすんねん、ほんまに生 け贄 にすんのか」
「変えればええねん……先回りして、運命を」
SFか。あかんねん俺、SFはどうもおもろない。
アキちゃんも水煙 もSF好きらしいけど、俺はどうしても萌 えへんのや。小難 しすぎ。
「あのなあ、水煙 。アホでも分かるように言うてくれへんか?」
「これ以上、簡単に言われへん」
水煙 はほんまに困 ったみたいな顔で俺を見た。
それは口では説明つかん話らしい。
どうやって変転 するか、それを口では教えられへんように。
どうやって未来を先取りするか、そして、それが違う方向へ行くよう切り替えるか。
それは出来 る奴 には出来るし、出来 へんやつには意味わからん。そんな種類のことらしい。
せやけどかまへん、俺に理解できへん話でも、竜太郎 はばっちり理解していた。
偉 い。さすがは分家 の跡取 りや。
「変えれんの、視 るだけやのうて、未来を?」
まだ強 ばったままの表情で、竜太郎 は訊 ね、水煙 はそれに頷 いた。
「どんな龍 が、どういう形で現れて、何をするやら分からへん。せやけど龍 は大抵 、水と関わりがある。そこに天使がアキちゃんの、水底 での死を予言 してきた。きっと関わりのある話やと思うけど、未来は実現するまで確定しない。いろんな可能性があって、どれが実現するか、人がそれを選ぶ。最初にその分岐点 に辿 り着いた人間が」
水煙 は、憑 き物 が落ちたみたいに、へなへななって話してた。
いつもみたいなお高さがなくて、もう怖くもなけりゃ、壮絶 な美貌 って感じでもない。見慣 れた青い宇宙人。しかもちょっと凹 んでるっぽいで。
「辿 り着くって、予知 でもええの?」
気力の戻り始めたらしい竜太郎 が、ぼんやり訊 いてくるのに、水煙 は凹 んでますという顔でこくりと頷 いていた。
「誰より先にそこへ辿 り着いて、アキちゃんが死なない未来を探す。それに切り替えなあかん。人は人の信じるモンを信じようとする。先にその予知 を信じさせれば、ほかの予知者 も同じコースを視 るようになるはずや」
そしてそれがいずれ現実になる。予感された未来は実現するという具合らしいで。
悪い予感は当たるっていうやんか。ほんまにそうらしいで。信じたらあかんな、悪い予感。
しかし海道 蔦子 はこの界隈 では随一 の予知者 やと、水煙 は言うた。竜太郎 のおかんや。
それより先回りして、竜太郎 は未来 へ行けるのか。
「そうや。蔦子 さんに頼 めばええんやないか、アキちゃん死なへん未来を視 てくれって」
あっちのほうが本職 なんやないかと、俺は今さら気がついた。
せやけどそれに首を横に振 る水煙 は、そんなことはもうとっくの昔に検討 してたらしいわ。
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