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14-17 トオル
「無理や。あの女にその力はない。蔦子 はアキちゃんの戦死も予言 した。そして、死ぬほど力を振 るっても、それ以外の未来を見つけられへんかったんや」
未来を、運命を変えるなんて、そんな簡単なことやない。
ほんのちょっとの偶然 が積 み重なって、できてるようなこの世でも、それには綿密 なからくりがある。
運命は現在のコースを突き進もうとする。それが誰かにとって幸福でも、不幸でも、お構 いなしに。
「高位の神によって死が予言 されている。結局誰かは死ぬことになるやろう。それがアキちゃんでなければいい。そんな未来を視 られるか。うまく避 けても、代わりにお前が生 け贄 になる未来へ行くことになる公算 が強いが」
水煙 はさっきと同じ話を竜太郎 にしてた。
でもそれは、かなり穏 やかなもんやった。
最初から、そう言うたらええねんて。テンパってもうてたんか。
アキちゃん死ぬて予言 を聞いて、思い出したんか。おとん大明神 のお気の毒なご最期 を。
そんなトラウマなんてな、もう捨てろ。話ややこしなるから。俺がどんだけ焦 ったか。
まあ、そういう俺もテンパってたけどな。良かったわあ、途中 で目が醒 めて。
いっぺん壁 をぶち抜 いてみると、ほんまに憑 き物 が落ちたようやった。
ドロドロくらくら来てた頭の芯 のほうが、ふっとクリアになって、戦う気力が湧 いてくる。
きっと一人やないせいやろと、俺はそう思ってた。
もしも俺が一人で来てて、竜太郎 を誑 し込 むんでなければアキちゃんは死ぬと、必死で思い詰めてたら、俺かて水煙 なみのドロドロで、怪物そのものに化 けてたかもしれへんわ。
だって大阪の事件のとき、そうやったやん。アキちゃんが、お前は鬼みたいやって俺を止めて、それで我に返ってなければ、俺はほんまに鬼になってたんかもしれへんで。
水煙 かてそうや。さっき俺が止めてへんかったら、こいつも鬼と化していた。
不幸になってたで。中一殺して鬼になり、アキちゃんに嫌われて捨てられて、その後どうする。
あまりの嘆 きにくたばるか、荒 れてもうて悪魔 のコース。悲惨 やな。こいつにとっても、それに迷惑する俺や皆様にとっても。
二人で来といて正解やった。俺と水煙 と。
チームワークやな。美しいねん、チームプレイは。
俺がそれを何から学んだと思う?
虎 や。虎 に決まってる。信太 やないで。阪神タイガースやないか!
まったく水煙 様にも、もっと学んでもらわなあかんね。協力しあうということの真髄 を。少年漫画 とか読んでね!
「アキ兄 も僕も、死なない未来もあるんやろ?」
さすが若い中一は前向きやった。
水煙 はそれに渋 い顔をしたけども、否定はせえへんかった。
「お前しだいや……お前の力しだい」
「うん。僕、頑張 るわ! もし上手 くやれたら、ご褒美 で、アキ兄 のうちに泊 まりにいってもええやろか。ほんで僕がアキ兄 と寝る」
自惚 れてんのか、中一は自信満々やった。
自分が死ぬって実感ないんやろな。餓鬼 やしな。怖いモン知らずやねん。
俺はちょっと呆然 としてきて、キャットウォークに胡座 かいたまま、五度ほど傾 いていた。
こいつ、やっぱ水煙 に魂 食うといてもらえばよかったかな。海道 竜太郎 。本気でアキちゃん狙 いやで。
それに顔可愛 いしな、あと五年か六年したら、アキちゃんのストライクゾーンにぐいぐい食い込んでくる、めちゃめちゃ恐ろしい子になってるかもしれへんで。
「一緒に寝るって……そんなん、俺もまだしてもろたことないのに」
水煙 が、ほんまに情けなく切 ないというふうに、そうぼやいた。
俺はそれに、さらに三度くらい傾 いた。
こいつら俺を舐 めている。最愛 の俺様を差し置いて、お前らがアキちゃんと寝られると思うんか。ありえへんそれは。絶対ないから。
「もう行こ。もう戻ろ。アキちゃんカフェイン切れてる頃 やから、いないと気づいて怒ってるかもしれへんで」
もうやってられへんと思い、俺は立ち上がった。
こんなとこでヘタってもうて、ケツ濡 れたやんか。最高に嫌 や。
それに、びしょびしょ水煙 、どうやって乾 かすねん、俺。後先 考えずに水槽 に突っ込んだりして、アホやったわ。
お陰 で俺は水煙 様を抱っこして戻る羽目 になったんや。
俺も嫌 やったけど、水煙 はほんまに嫌 そうやった。俺にお姫様抱っこされて、ぐんにゃりしてたわ。よっぽど屈辱 やったんやろ。
「這 って戻るよりマシやろが」
「微妙なとこや……」
水煙 はいかにもつらいという口調やったけど、それでも俺が抱きやすいように、首に腕かけて抱きついていた。
抱っこしてると水煙 の体はむにゅっとしてて、何か気持ちいい。
ほどほどひんやりしてるし、抱き枕っぽい。
実は気持ちええんやないか、こいつを抱いて寝るのは。そんなん新しい世界すぎ。
勝手に使った部屋の照明ぐらい、消して行こうかと思って、俺は水槽 部屋を振り向いた。
壁の電源板に手をやって、なにげなく大水槽 を遠目 に眺 め、俺はぼんやりとした。そこにな、人魚 がいたんや。
回遊 する魚に混 じって、くすくす笑うような目をした人魚 が二匹三匹、いや、三人ていうのかどうか。
とにかく長い髪 した女のような姿で、こっちをガン見していた。
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