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15-1 アキヒコ

 神楽(かぐら)さんは俺の友達やった。たぶん、そういうことになるんやと思う。  恐ろしい話やけど、そうとしか考えられへん。  親しく付き合ってて、何か用事あったら携帯(けいたい)に電話かけてきたりメール送ってきたり、(こま)ったことあったら相談したり、ピンチになったら助けたり。  そして、お互いその相手に恋愛めいた下心(したごころ)がなければ、それは友達ということやないか。  その観点(かんてん)からいくと、神楽(かぐら)さんは間違いなく俺の友達ということになる。霊振会(れいしんかい)でも同期入会やし。同じメルマガで顔出しさせられた(なか)やしな。  しかし俺には神楽(かぐら)さんが自分の友達というのがどうも不思議(ふしぎ)でならない。何でそういうことになってもうたんか。  どっちか言うたら好みの系統(けいとう)の人のはずやった。顔はあんな女顔(おんながお)やし、いつも何となくの(うれ)い顔して、ふらふら弱っちそうやし。守ってやらなあかんみたいなタイプで、背も俺より低いんやで。  まあ、それを言うたら、俺は自分より背高い奴には滅多(めった)にお目にかからへん。(とら)すら俺よか背は低い。  中西(なかにし)支配人もかなり長身やけど、それでも俺のほうが高い。自分と(なら)ぶ目の高さから話しかけてくるやつは、俺のおとんだけや。  背の高低(こうてい)は実は関係ないんか。  ほんなら(とし)かもしれへん。神楽(かぐら)さんは一歳だけやけど俺より年上で、キャリア的にも上やった。  とっくに大学二回も卒業してて、すでに働いている。つまり社会人。俺から見たら先輩(せんぱい)で、俺は自分を見下ろす(やつ)()れる性癖(せいへき)はない。  どっちか言うたら俺を(たよ)って(すが)り付いてくる奴が好きやねん。それがストライクゾーン。  たぶん、そこやろ。歳のこと言うたら、(とおる)なんか俺より何千年レベルで年上なんやし。それでもあいつがアキちゃん好きやて、うっとりしたような上目遣(うわめづか)いで、胸に(すが)ってくるのが可愛(かわい)いわけです。  水煙(すいえん)もそうやろ。剣の時にはそうでもないが、人型(ひとがた)してたら、ぐんにゃり力無い弱々(よわよわ)しさで、抱いて運んでやらんと、どこにも行けへん。  それが心のツボに来るんやろ。ど真ん中やねん。  勝呂(すぐろ)はあんなんやしな。先輩(せんぱい)先輩(せんぱい)言うて俺を立てて、(すみ)にも置かへん。  あいつ、俺の絵見ていちいち、すごいなあ、すごいなあ言うんや。大したことないて謙遜(けんそん)してみせても、それが気持ちようない(やつ)なんか()るわけないやろ。  お世辞(せじ)で言うてるわけやない。あいつは本気で()めてるらしかった。そういうのが可愛(かわい)くないわけがない。  つまりな、その話の結論(けつろん)は、俺は顔さえよけりゃ何でもええわけやない。  神楽(かぐら)さんは、確かに美貌(びぼう)の男やけど、初対面(しょたいめん)からして、俺はあの人に()りがある。免停(めんてい)から(すく)われたという。  それでいて、助けてやったんやという上から目線では来ない人やった。  神楽(かぐら)さんは、自分が(えら)いと思っていない。自分が持ってる超常(ちょうじょう)の力も、神が与え(たも)うたもので、我がものではないし、人に奉仕(ほうし)するのは当たり前。お役に立って(うれ)しいですって、そういうノリやねん。傲慢(ごうまん)さの欠片(かけら)もない。  だからかなあ、いつも同じ目線の高さにいる感じのする人や。  それがな、俺の心のツボを外してるところやねん。幸いにしてな。  せやから、俺を(たよ)ったらあかんねん、あの人は。微妙(びみょう)になってまうやろ。ストライクゾーンに入ってきてまうやんか。  それは(こま)るんや、もし万が一、その(たま)を俺が打ち返したくなったらヤバいやろ。そんなんしてもうたら、また中西(なかにし)さんと、ややこしい関係になるやないか。  今でもすでに充分(じゅうぶん)ややこしいけども、でも何となく円満(えんまん)なところに落ち着いてる。俺はそう思ってる。  その平和な気持ちを、()えて今さら()(みだ)されたくないねん。  俺は内心、(とおる)と出会ってからの約八ヶ月間、藤堂(とうどう)さんなる人物の存在を知った瞬間から、ずっと片隅(かたすみ)にそのことが、痛い(とげ)みたいに引っかかっていた。  絶対に負けたらあかん相手として、見ず知らずの誰か知らんおっさんと張り合っていた。  しんどいねん、そういうのは。自然体(しぜんたい)でいたいねん。  いちいち張り合おうとする性格が間違ってるんやろけど、俺は(とら)ですら、実はしんどいんや。  自分にとって、もはや確実にどうでもええはずの鳥さんを(めぐ)って、あいつと張り合おうとしてまうねん。  男の(さが)みたいなもん。どうしようもないんや。  そういうのをな、もう中西(なかにし)さんとやりたくない。なんというか。勝ち目がない気がするから。  負けたなあって思っても、それが心地(ここち)いいような関係に、なんとか落とし込みたい。  せやから神楽(かぐら)さんは俺の友達で、俺は(たよ)られると困る。持ちつ持たれつの範囲(はんい)を超えへんようにしてほしい。  せやのに(たよ)られると助けなあかんと思うのも、俺の(さが)やった。  まずは水族館(すいぞくかん)の続きから話をしよう。  その一連の出来事の起点(きてん)にあたる時、俺はそこにいた。  須磨(すま)水族館(すいぞくかん)の、見上げるような高い天井まで続く、薄暗く青い大水槽(だいすいそう)の部屋に。

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