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15-3 アキヒコ
「まあええ、何みたいでもええわ。とにかく俺は普通の人間とはちょっとズレた、隣 の位相 に存在してる。そういう神も居 る。天使 を侍 らす奴 かてそうや。遠い高次 の位相 に居 るから姿が見えへんし、デカくなりすぎて、この位相 には降りてこられへん。しゃあないから、霊的 な位階 の低い僕 を遣 わしてくる。それが伝令 の天使 や」
「社長とヒラ社員みたいなもんか」
亨 が口を挟 むと、水煙 は、そうやと言うた。
ロマンもなんもない。
「天使 も年期 の入ったやつになると、人界 まで降りてくるのが難しいらしい。人界 に顔出すやつは下 っ端 や。位相 を幾 つも超 えたり、多次元 に渡 って存在するのは、それなりに難しいねん。目に見えてる隣 に進出するくらいなら大したことではないけどな」
「勘弁 しろや、水煙 。そんなSFくさい話。脳みそ痺 れてくるやんか」
何の興味 もございませんという口調で、亨 はうんざり言うていた。
でも俺はその水煙 の話に、ものすごい引っかかりを覚 えてた。
「それ、どういう意味や? 普段は見えへんもんでも、やる気を出せば、人間の世界に姿を現せるってことか?」
「そうや。幽霊 かて、霊力 が強ければ、人界 に出張 ってきて、普通の人間にも見えるようになるやろ。位相 を越 えてきてるんや。あの犬かてそうやんか。現れたり消えたり。天界 から人界 へ渡 ってきてる。こっち側 に居 る時だけ見えてるんや。白い光が見えたやろ、あれは天界 の光やで」
あたかもSFみたいな話を、水煙 は当たり前みたいに語って聞かせてくれた。
皆様には意味がわかったやろか、このSFジャンルの話。
わかっても、わからんでもええねん。ここで重要な、俺が訊 きたかった事は、もっとすごく単純で、実際的な事なんや。
「水煙 ……お前、もしかして、普通の人間にも見えるようになれるんか」
だってそうやんか。亨 や他の式神 たちは、普通の人間にも見えてる。
亨 は大学で他の学生とダベったり、苑 先生の研究室にちょっかいかけに行ったりしてる。
店で買い物もできるし、ひとりで流しのタクシーも拾 えるんや。誰にでも見えてる。
そうやなかったらヤバい。俺は亨 と飯 デートするとき、レストランでふたりぶんの飯 を食い、ひとりでずっと喋 ってる危ない人になってまう。
水煙 が普通人に見えへんのは、幽霊 みたいなもんやからやっていう話やろ。せやけど幽霊 が普通人に見えることもあるんやろ。霊力 が足りてれば。
その霊力 が、水煙 には足りひんていうことなんか。
「なれるよ、やろうと思えば。でも、見えたら見えたでまずいやろ」
けろっとして水煙 が言うんで、俺はびっくりしたわ。
「なんで見えへんようになってんのや」
「深い意味はない。俺はお前のおとんのいる位相 に合わせてただけや。別に不都合 ないやろ。お前には俺が見えるし、触 れるんやから」
それはまあそうや。
せやけど、普通人には見えない相手と喋 ってるという、この状況は少々キツい。
しかしこの水煙 が人目 に触 れるのは、それはそれでキツい。
この物語が一瞬で宇宙モノになってまう。須磨 に宇宙人が現れたって、あっと言う間に大騒 ぎになる。
でも、もっと人間ぽい姿やったら平気やろ。
そういうの、できへんもんかと、俺はずっと考えていた。
もっと人型 水煙 。もっと地球っぽい水煙 。
これが『スター・トレック』の世界やったら、今の姿のままでも宇宙連邦 に所属 できる地球人のお友達と思うけど、でも現実世界ではまだまだ無理。まだまだ二十一世紀やから無理。
もっと科学技術が進歩して、人類が未踏 の宇宙に飛び出していくような時代でないと無理すぎる。
見えない相手を抱っこして喋 ってる男のほうが、まだしも現実的。異様 やけど、ちょっと遠巻 きにされる程度 で、大騒ぎにはならん。
「とにかくな、見えてる世界で全部という訳 やないって事や。お前らが思ってるよりも、宇宙はもっと大規模 やねん。人間どももな、昔は霊的 な直感 によってそれを多少は把握 してたけど、だんだんアホなってきたな。目に見えるもんしか信じられへんようになった」
自分を見てない他の客たちをちらりと見渡 し、水煙 はそう批評 した。
アホや言われてる。俺もアホやったんや。
人間界から見ると、俺はどんどんアホで異常になってきてるんやろけど、水煙 から見ると、ちょっとずつ賢 くなってきてるって事なんか。
怖い。世の中、価値観 しだいで真逆 やで。
「まずい状況や。人界 からの霊力 を吸 い上げて生きてる奴 らも多いんやけどな。人界 での信心 が薄 れると、弱ったり、消えたりする神もいる」
たとえば、これとか、と言うて、水煙 は亨 を指さした。
「えっ、なんで俺!?」
亨 はめちゃめちゃ驚 いていた。
「憶 えてへんのか。お前はきっと、そこそこ経歴 の古い神やで。えらい落ちぶれてもうて。ヤハウェにやられた口やろ」
「ヤハウェって何」
舌噛 みそうなその名前を、亨 は険 しい顔をして、水煙 が言うてたとおりに繰 り返してた。
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