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15-5 アキヒコ
「ずっと居 ったで。最初からずっと居 た。なんで気がつかへんの」
不思議 そうに言われ、俺はこっちを見てる竜太郎 の顔と向き合った。
こいつも全然、驚 く気配 がないねん。
「見えてんのか、お前にも」
「見えてるよ。でも別に、今初 めて見たわけやないもん。さっきコーヒー買いに行くときに見たんや」
今さら驚 かへんわと、そんな口調で竜太郎 は話していた。
しばらく泳ぎ回っていた人魚 は、俺が見たのに気づいたか、くるくる遊ぶイルカみたいな泳ぎ方をして、近くに集まってきた。
全部で五匹いた。五人ていうんか。
人魚 は水煙 に似た、白目 のない宝玉 のような目をして、七色 に揺 らめくその目で笑うような表情をした。
指さすような仕草 をするが、それは内側から大水槽 のガラスをつついているだけかもしれへん。それとも俺を指さして笑ってんのか。
美しいけど、意地悪 そうな女どもやった。
けらけら笑って、何か話しているけども、声は全然聞こえへん。
水煙 だけが何か聞こえたふうな顔をして、にやりと苦い笑みやった。
その唇 がなにか答えてやっているのを、俺は間近 に見下ろした。
人魚 と話す水煙 の声は、俺には全く聞こえへんかった。
唇 を読もうとしても、どうも日本語ではない。人間の言葉とは違うんかもしれへん。だって人魚 って何語で話すんや。
「なんて言ってんのや」
亨 も聞こえへんようで、水煙 にそう訊 ねた。
「まあ、いろいろや……乳 のある奴 らは無駄口 が多い」
苦笑 のままの顔で愚痴 って、水煙 は抱きついたままの間近 から俺の顔を見た。
「ジュニアに話があるらしい。水槽 に耳当ててみ。奴 らの声は海水の中しか届かへん。空気中ではお前には聞こえへんのやろ。ガラスあるけど、まさか割るわけにはいかへんし、耳押し当てれば、なんとか聞こえるやろ」
聞いても意味わかんのかな。
そうは思うけど、水煙 の言うことやしと、俺は素直 に亨 の隣 にもたれにいって、分厚 いガラスに耳を押し当てた。
ひやりと冷たい水面に触 れたような感触 がして、俺の耳に何かが聞こえた。
イルカの声みたい。きゅうきゅう鳴くような甲高 い音が、いくつも絡 み合って聞こえた。
もちろん意味は分からへん。イルカの話がわかる奴なんか居 らんやろ。
それでも俺は目を閉じて、試 しにその声に聞き入ってみた。
人魚 のひとりが、すいっと泳いでやってきて、俺が耳を押し当てたあたりのガラスにとりつき、五十センチはあるかという分厚 い向こう側に、薄青く見える唇 を押し当てるのが分かった。
何も見てないはずやねんけど。白い歯と舌が、ひそひそ何かを話すのが見える気がする。
耳打 ちをする切れ切れの女の声で、混線 した電話か、いまいち局 が合ってないラジオみたいなノイズまじりの話が聞こえた。
探 していると、人魚 は教えた。
探 している。東海 の海の王。古い龍 が。玉 を探 している。
いいこと教えてあげましょう。お前は可愛 いから。
東海 の王に会ったら、玉 を探 しているのだろうと答えなさい。謎々 の答えはそれよ。
お役に立ったら何くれる。皆 に優 しい口付けを。ひとりにひとつずつ。蕩 ける心地 になるまでよ。
そこまで聞いて、目を開いて見ると、歌うように話していた人魚 は、ガラスの向こうでふと沈黙 して、ゆったりと笑い、白い舌で舌なめずりをした。
その舌に見覚えがあった。そっくりやねん。水煙 のと。
俺はついつい、抱いたままでいた水煙 の唇 を見た。
「えらいことやなあ、ジュニア。海のモンと取引したらあかんで。海に引っ張り込まれるわ。やつらはなんでか、陸 の男が好きでなあ……」
同じ白い歯と白い舌で言う水煙 は、俺の耳にひそひそと耳打ちする声で話してた。
触 れる息がくすぐったいような声やねん。何か、堪 らん感じと、俺には思えて、慌 てて水煙 を引き離した。
「何て言うてたか、アキちゃん、わかったか?」
自分も耳を当ててみてたらしい亨 が、なんもわからんかったわという顔をして、俺を見上げた。
「東海 の海の王が玉 を探 してて、それが謎々 の答えやと言うてた」
「意味わからんな……東海 ってなに?」
耳慣れないその単語を、亨 は顔をしかめて繰 り返したが、俺も知らんかった。
竜太郎 はまだガラスに耳を当てていた。こいつにも何か聞こえるのかもしれへん。俺の親戚 やしな。
「東海 は、日本海のことやで」
物知り水煙 が教えてくれた。
「昔はそういう名前やった。今もそうとも言える。こっち側から見たら日本海。あっち側から見たら東海 。人間は海に名前をつけるけど、岸辺 にはいろんな国があるからな。海には幾 つも名前があるんや」
「どれがほんまの名前なん?」
竜太郎 は真面目 に聞いたが、水煙 は可笑 しそうに笑った。
「海に名前があるかいな。人の世界やないんやで」
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