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15-6 アキヒコ

「こっちから見たら日本海、あっちから見たら東海(トムヘ)や。他にも名前があるやろけどな、海神(わだつみ)は気にはとめへん。それでも名付けて呼べば、その言霊(ことだま)(しば)られる神もおるやろ。名前にふさわしい姿を(あらわ)す。(りゅう)やて言うなら(りゅう)なんやろ、その、東海(トムヘ)の王は」 「関係ないやろ、日本海。神戸の海って、瀬戸内海(せとないかい)やで?」  しょうもない話を聞いたって、(とおる)はそんな顔してた。  お前ほんまに聞いてへんな、自分の興味ない話は。  関係ないやろって、関係あるかもしれへんやんか。一応聞いとけ、何事も。  これも何かの(えん)かもしれへんのやから。お前が言うてたんやないか、世の中には(えん)作用(さよう)があるって。  ほんまにあるわ。そんな力があるような気がする。  だって全然関係ないコースを歩いてきたつもりが、(なまず)がらみの道筋(みちすじ)の上に、お前の藤堂(とうどう)さんが現れるなんて、俺には全く予想もついてへんかった。  それこそ人の(えん)てやつやないか。  人やないけど、この人魚(にんぎょ)の姉ちゃんたちも、何かの(えん)で出会ったんかもしれへんで。案外(あんがい)すごく重要キャラかもしれへんのやで。  にこにこしてる青白い人魚(にんぎょ)が水の向こうで、エロティックに身をくねらせて、ちゅっと投げキッスを発射(はっしゃ)してきた。どうも俺に向けて発射(はっしゃ)されてるようやった。 「うわっ、なにあれ! アキちゃんモテてるわ! 久々で女にモテてる!」  ものすご(けが)らわしいという顔で、(とおる)は塩でも()きそうな(いきお)いで言い、ほんまに飛んできてるわけでない何かを、びしびし(はら)い落とすような仕草(しぐさ)をした。  ああ、人魚(にんぎょ)の投げキッスが大水槽(だいすいそう)()くずに……。 「あかんで、ほんま。外道(げどう)にモテモテ! もう連れて帰ろ。うちのジュニアが人魚(にんぎょ)(おか)される」  俺の腕をぐいぐい引いて、(とおる)水煙(すいえん)の口ぶりをパクってた。  水煙(すいえん)はそれに、面白そうに笑い、俺の肩にやんわりともたれ()かってきた。  (とおる)はそれを(うら)めしそうに見たけど、何も文句を言わへんかった。  なんで言わへんのやろ。  ちょっと前まで文句たらたらやった。そんな変化が不自然(ふしぜん)に思えて、俺は心配になった。  (とおる)はまた、勝手にひとりで変なこと(なや)んでんのやないやろか。  べらべら何でも言うようでいて、こいつは肝心(かんじん)なことは話さへん。大抵(たいてい)ひとりで悶々(もんもん)としてる。  そういうの、もう()めへんか。お前の悪い(くせ)なんやで。  きっとそれで、()(ちご)うてもうたんやで。お前の藤堂(とうどう)さんと。  向こうもそうかもしれへんけど、ちょっと言うたら済むことを、腹に()めてるストレスで、変な(ふう)になってまうんやで。  そういうの、物言(ものい)わざるは(はら)(ふく)るる、って言うんやで。昔の人もそう言うてはる。  (だま)ってたら悪いもんが腹に()まるんやって。言うたほうがええらしいで。  そういう俺も口下手(くちべた)やから、あんまりお前のこと、とやかく言われへんのやけどな、でも、(だま)ってられて、それで変な方向に行くのは(いや)やなあ。スプリンクラー攻撃とか、そういうのな。  そやけどここんとこ、(とおる)とゆっくり話す機会(きかい)もなかった。  考えてみると、こいつとゆっくり話したことない。  二人っきりでゆっくりする時間ができると、大抵(たいてい)そのまま、あっち方面やから。心と体で話すことは多々あれど、言葉で話したことがない。  なんせ、趣味(しゅみ)興味(きょうみ)も合わへんし、俺はこいつと熱心に話し込んだことがない。  今の(とおる)のマイブームは阪神タイガース。せやけど俺は野球には興味ない。  熱く語られても、ふーん、みたいな。右の耳から左の耳に、ざらざら話がこぼれ落ちてる。  (とおる)(とおる)で、俺が絵の話とか映画の話しても、ふーん、みたいな。そんなん話してへんとキスしよかみたいな。そんなノリやからな。  これはまずいか。それとも、それでええのか。それで上手(うま)くいってるっていうなら。  車の後部座席に竜太郎(りゅたろう)を乗せてシートベルトを()めさせて、その(となり)に乗せた水煙(すいえん)にも、念のためにシートベルトしてやった。  鳥さんと事故って以来、俺はますます優良ドライバーやで。  死ぬからな、シートベルトしてへんまま、万が一事故ってもうたら。  水煙(すいえん)死んだら困るから。事故ったぐらいで死ぬんかどうか、俺は知らんのやけどな。  助手席(じょしゅせき)に先に乗ってた(とおる)が、暑いわあと憎そうに文句を()れていた。もう晩夏(ばんか)とはいえ、炎天下(えんてんか)()めてあった車内はむんむん暑くなっていた。  エンジンかけて、エアコンをつけ、何となくの思いつきでカーステのラジオをつけると、前に聴いたまんまになっていた神戸の地方局の番組が流れ出た。KISS(キス) FM(エフエム) KOBE(コウベ)やで。  なぜラジオがキスするのか。深い意味はない名前なんやろけど、よう分からん神戸(こうべ)。  暑いわあって、冷えるまで運転する気も()かず、聴くともなく俺は、そのラジオを聴いていた。 「早いとこ戻らなあかんなあ。蔦子(つたこ)さん、もう待ちくたびれてるやろ……」  送風口(そうふうこう)からの冷たい風を(のど)に浴びつつ、俺は自分を叱責(しっせき)してた。暑くてだるいとか言うてる場合やないよという意味で。 「もう帰らなあかんのか……僕も妖怪ホテルに泊まりたい」  竜太郎(りゅうたろう)名残(なごり)()しげにくよくよ言うた。

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