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15-7 アキヒコ

 妖怪ホテルという呼び名がなにげに広まっていっている。なんでや。  その言葉が実態(じったい)的確(てきかく)に表現しすぎているからや。  どう見ても妖怪ホテルやもん。ヴィラ北野(きたの)より妖怪ホテルのほうが実像(じつぞう)に近いもん。 「戻っておかんに強請(ねだ)れ。部屋あれば()めてもらえるかもしれへん」  サイドブレーキを解除(かいじょ)して、俺は車をバックさせた。  そのために後部座席を振り向くと、竜太郎(りゅうたろう)はしょぼんとしていた。 「アキ(にい)の部屋に()めてくれたらええやん」 「寝るとこない。ベッドが一個しかない」 「一緒(いっしょ)でええやん。(へび)水煙(すいえん)とは一緒に寝てんのやろ」  それが何でもないように、竜太郎(りゅうたろう)は急ににこにこ愛想(あいそう)よく言うた。俺はもちろん、それに吹いてた。 「ないない、それはない。()らんこと言わんといてくれ。事故(じこ)るから」  (あせ)ってそう言い、駐車料金を払うため、券をくわえて窓開けて、俺はゲートで車を()めた。  快調に流れている車道に入ると、ラジオからは軽快に(しゃべ)る男の声がしていた。  高すぎず低すぎず、ええ声やった。耳心地(みみごこち)がいい。  話口調も綺麗(きれい)やし、軽い神戸(こうべ)(なま)り。(ひん)はあるけど、お高くはなく、親しみやすい。  ちょっと聞こかと人に耳を(かたむ)けさせる力を持った声やった。  そんなんやからラジオのDJなんかやってられるんやろ。  そんな明るい声やのに、(しゃべ)ってる話は怪談(かいだん)やった。夏やからかな。  リスナーからの投稿で、怖い話を集めて紹介してるんやとの解説が、前置きでついていた。  怖い話って、俺は嫌いや。怖いからやない。どっちかいうたら引き込まれるからやねん。  怖いことは怖いんやけど、怖いモン見たさというのか、それはほんまかと確かめに行きたくなるんや。  遠い異国の怪談やったらええねん。それにはなんか現実味がない。  でも、たとえば学校の怪談的な、ちょっと行けばそこが現場やという、そいうのが苦手。ほんまやったら困るやないか。  俺にはな、見えるんや。ほんま言うたら昔から、俺には幽霊(ゆうれい)とか人外(じんがい)の、怪異(かいい)が見えてた。  見えてたけども、こんなもん見えるわけないわって、自分を(だま)してきたわけや。  それでも実は見えてんのやから、怖くてたまらへん。  怖いだけならまだええねん。取り()くようなやつやとヤバい。(さわ)らぬ神に(たた)りなしや。  それでも血筋の本能か、霊の仕業(しわざ)の怖い話には、首突っ込まずにおれん性分(しょうぶん)なんやろか。俺はラジオが話す怖い話なるもんを、結局聞いてもうてたわ。  震災(しんさい)()くなった妻子(さいし)(れい)が出ると、そんな話やった。  友達の友達から聞いた話なんやけどと、そんなありがちな前置きで始まる話。  ある男が、最近できた彼女を家につれてきた。震災(しんさい)からもう十年が過ぎ、そろそろ立ち直って結婚しよかと思ったらしい。  そして誰も居ない家の戸を開いたら、赤ん坊の泣き声がして、死んだはずの妻がいる。お帰りなさいあなたと、赤ん坊を抱いて呼びかけてくる。  でもその母も子も、骨やねん。スケルトン。骸骨(がいこつ)やねんて。  男は十年目にしてできた新しい恋人を(あきら)めた。そして自殺した。  その家には今では、三つの骸骨(がいこつ)が出るらしい。おとんとおかんと赤ん坊。三人家族のスケルトン。  怖いですねえと、DJは何でもないように話した。  死者が呼んでいる。おいでおいで、一緒に眠ろうみたいな。そんな話じゃないですかと結んで終わりで、次の話。  俺はそれに渋面(じゅうめん)になっていた。そんな(うそ)くさい話あるか。  ほんまにそんな(れい)が出たとして、おかしいやないか。なんで旦那(だんな)が死ななあかんねん。  せっかく助かったんやで。生きてるんや。生きていったってええやんか。  生きてりゃ恋もするやろ。新しい相手ができたって、別に罪やない。悲しくてつらいけど、それが生きるということや。  その(れい)は、鬼になってる。突然死んで、つらかったやろ。無念もあったろうけど、でも、なんで思えへんかったんやろ。  旦那(だんな)は死なんでよかったわって。元気で生きててよかったなあって、そう思うのが愛やないか。  他人やねん。結局。どんなに愛してても、自分の死に相手を付き合わせる権利はない。  生きてる人間は、生きていかなあかんねん。  それを(はば)む鬼は、可哀想(かわいそう)やけど、()るしかないねん。もはや悪霊(あくりょう)()している。  何とかせんとあかんかったで、その怪談、ほんまにほんまの話なんやったら、誰か何とかできたはず。  そんな力のあるやつが、どこか近くに()ったらなって、俺はちょっと(くや)しい気になり、そして自嘲(じちょう)した。  職業病(しょくぎょうびょう)って、こういうのかな。  まるで神楽(かぐら)さんみたいやな。悪魔(サタン)を見たら、放置できひん。助けなあかん、(はら)わなあかんて、そんなことで頭がいっぱい。  あの人、今ごろどうしてんのやろって、ふと思い、それがいわゆる虫の知らせやった。  パンツのポケットから出して、ダッシュボードに置いてた俺の電話が鳴った。  誰か知らん番号やった。

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