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15-13 アキヒコ
その幼 げな、埃 まみれでぼろぼろなってる灰 じみた黒服の背を、よしよしみたいに撫 でて、中西 さんは宥 めた。
「泣くな、俺が治したろ」
神楽 さんは、黙 ってそれに頷 いたけど、泣いてたかどうかまでは、俺には分からん。
泣くほど子供やないからな。泣いていいなら泣くやろけど、それは今やのうて、もっと別の、他人の目のないところでやないか。
そこでゆっくり時は巻 き戻 されることになる。十二年分の間違ったコースをバックで戻り、またやり直す。ほんまもんの人生を。
神父でもなく、悪魔祓い でもない、悪魔 の僕 のコース。
めちゃくちゃわざとらしく、亨 が咳払 いをした。
「行こか! アキちゃん! 俺は猛烈 に胸くそ悪い。むしろ吐 きそうや。きっと教会なんか来てもうたからや。ホテル帰ってめちゃめちゃやろか! お熱く抱き合って組んずほぐれつしよか! アキちゃん好きやて、めちゃめちゃ喘 ごうか!」
あてつけてるつもりらしかった。
でもな。全然聞いてもらえてないと思う。
中西 さんは笑っていたけど、少なくとも亨 のほうから眺 めて、聞いてるようには見えへんかったやろ。
さあ行こうって、亨 はわざわざ俺の腕を引っ張りに来た。
それに逆 らう理由もなくて、俺は亨 に連れられて、抜 き身 の水煙 をぶらさげたまま、ずかずか階段を上らされた。
「ぐわあ十字架 ! 死ぬう!!」
階段室 を出たところで見えた礼拝堂 の祭壇 を眺 め、亨 は憎そうに叫 んだけど、なんともないみたいやった。
「なんともないわ! 恐 れて損 した!」
ぺって唾吐く仕草をして、亨は祭壇に背を向けた。
そんなんしたらあかんのと違うか。悪魔 癖 抜けてない……。
「あのおっさんな、突然来て、礼拝堂 に特攻 するんやんか。やめとけって俺は止めたんやで。死ぬかもしれへんやんか。俺ら悪魔 なんやで。十字架 見ただけで、映画の吸血鬼 とか、ぐわあってなってるやんか。あんなんなったらどないすんの。せやからやめとけって言うたんやで。でも行くらしいねん。心配なんやって、破戒 神父が。仕事無視して来るやなんて……俺のためにそんなんしてくれたことない……」
くよくよ悶 えながら言って、亨 は俺を礼拝堂 から引っ張り出した。外はまだ明るい夕方の時刻やった。
まぶしさに、俺は目を細めた。
「ほんま振 られた。ほんまに振 られた。悔 しい。振 られたことなんかないのに……」
泣きそうな顔して、亨 は俺に愚痴 った。愚痴 んな。俺も泣きたいわ。
「泣くな。俺が居 るやろ。それで足 りへんのか」
泣きつく気分で、俺は亨 に訊 いた。亨 は痛恨 の顔やった。
「足 りんことない。お腹いっぱい。アキちゃんがいてほんまに良かった。俺のこと抱いといて。何でか知らん、切 ないねん」
切 なそうに言って、抱きついてきた亨 を、俺は教会を背にしてぎゅうっと抱いた。
俺も切 ない。この浮気者 。たぶんお互 い様 やけど。
部屋に戻ったら、ぎったんぎったんにせなあかん。お仕置 きせなあかん。
お前が、もう死ぬって思うまで。今のこの、切 ない気持ちが消え失せて、すっかり幸せになれるまで。
抱き慣 れた体の、甘いような肌 の匂 いがかすかに感じられて、俺はふっと安 らいだ。亨 もほっとしたような息で、俺の首に頬 を擦 り寄 せてきた。
「アキちゃん……俺って……」
なんやろ、キスしよかって、俺は亨 の唇 を探した。
「俺って最近ちょっと、恋のキューピッドさん?」
情 けなそうに言いながら、亨 は俺とキスした。
教会の鐘 がリンゴン鳴 っていた。平和そのもの。誰も見てへん。
ああ、やれやれみたいな水煙 と、車のそばでガーンてなってる竜太郎 以外。
それは誰も見てへんとは言えへんか。
でも俺も、亨 に甲斐性 あるとこ見せようかって、思ったんやと思うわ。
そうでもせんと勝たれへん。中西 さんには。
俺が助けたんやで。俺が助けたのに。なんでラストで全部持って行かれるんやろ。ほんまに悔しい。
そやからせめて、話の最後は、うちのほうのキスシーンで締 めようかなみたいなな。
しかし戦いはまだまだ続く。まだまだ始まったばかり。
神楽 さんはこの後すぐ、教会に破門 を願い出たらしい。
それってつまり神父をやめるってことやで。退職届 や。
理由はもちろん、外道 と結ばれるためやないか!
せやから最初の結論なんや。神楽 遥 は俺の友達! そういうことやろ!
教会はそれを許 した。ただし鯰 をやっつけて、予言 された一連 の出来事 を見届 ける仕事を全部やりとげたらという条件つきで。
せやからハッピーエンドはまだ先やった。まだまだ先。まだまだ先や。
これで終わりと思うなよ!
解説は本間 暁彦 でした。論証 終わり。
いやあ友達っていうのはほんまにええもんですね。涙 出てきます。
それではまた次回、お会いしましょう。俺がこのモヤモヤ感から再起動したころに、また。
――第15話 おわり――
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