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16-1 トオル

 その店は、いつも朝飯(あさめし)を出す店やった。  店名が、オールウェイズ・ブレイクファスト。  つまり、いつも(オールウェイズ)朝飯(ブレイクファスト)。そのまんまやろ。  こぢんまりとして、いかにも英国風の店構え(ファサード)で、ミントグリーンのペンキで()られ、日除け(ルーバー)から見える窓には、白いレースのカーテンが幾重(いくえ)にもかかっている。  そして看板には金文字でAlways Breakfast(オールウェイズ・ブレイクファスト)と店名が英語で入ってる。  どうも外国人客(ねら)いの店らしい。二十四時間朝飯(あさめし)食えますって、手書きの()り紙がしてあったけど、それが英語やった。  外からは店内が見えへんし、メニューも外に出してへん。むしろ、入らんといてくれみたいな雰囲気(ふんいき)なんやけど、その緑色の(かべ)から、なんともいえんオーラを感じ、この店は美味(うま)いに違いないと俺は思ったんや。  アキちゃんと北野(きたの)デートした時に、ホテルの近所をそぞろ歩いていて通りかかって見つけてあった。せやけどヴィラ北野(きたの)朝飯(あさめし)が売りのひとつやというんで、一泊目(いっぱくめ)の朝はホテルのガーデンテラスで朝飯(あさめし)食うたわけ。  そしてまた一夜明けた今朝は、喫茶(きっさ)「いつも朝飯(あさめし)」で(めし)食おうかという事やった。  寝坊(ねぼう)してもうてな、(いや)でもそうせなあかんかってん。  ヴィラ北野(きたの)藤堂(とうどう)さんの美学(びがく)で、いくら朝飯(あさめし)が売りやて言うても、それは朝に食えやということで、十時()ぎたら食わしてくれへん。  ルームサービスの朝食メニューはあるけど、それはコンチネンタルだけ。  あくまで俺んとこのブレイク・ファストはガーデンテラスで十時までに食えという、そういうポリシーやねん。  腹立つ。朝弱い俺への挑戦(ちょうせん)としか思われへん。  これでもアキちゃんと住んでから、朝寝坊(あさねぼう)は治ったんやで。  アキちゃん六時に目覚(めざ)ましかけやがるしな。学校行くときは早出(はやで)やねん。それと朝にも仲良うしたければ、俺かて早起きするしかないわ。  ケチの藤堂(とうどう)さんとは(ちご)うて、アキちゃん抱いてて朝に強請(ねだ)れば、朝でもしてくれる。仕事があるんや朝は勘弁(かんべん)なんて言わへんで。  言うけど(こば)めへん。(こば)んでんのかもしれへんけどな、そんなん関係あらへんから、アキちゃんやったらな。  まあそんな(わけ)でやな、今朝も六時に起きたけど、それから仲良うしてたんや。  そしたらあっと言う()に十時になってた。  もう朝飯(あさめし)やない。朝昼兼用(ブランチ)や。ホテルのガーデンテラスでは朝飯(あさめし)食わしてもらわれへん。  しゃあない行くかということで、グラタン風呂(ぶろ)でぶくぶく寝ている水煙(すいえん)をほったらかしたまま、二人っきりで喫茶(きっさ)「いつも朝飯(あさめし)」に来てみた(わけ)や。  ポリッジ食おかって、俺はにこにこしていたよ。  昔、英国(えいこく)()らしやったことがある。ポリッジって(むぎ)のお(かゆ)みたいなもん。イギリスでは定番(ていばん)の朝の食いもんなんや。  美味(うま)いでえ、イギリスの朝飯(あさめし)。ていうか、朝飯(あさめし)以外が不味(まず)い。不味(まず)いまで言うてもうたらあかんかもしれへんけど、まあ、なんていうか美味(うま)ない。朝飯(あさめし)だけや。  でも、それにはそれの良さがある。朝飯(あさめし)が楽しみということや。  昼飯(ひるめし)晩飯(ばんめし)不味(まず)ければ、成り行き朝飯(あさめし)が楽しみになるやろ。ポリッジなんか、ただの麦粥(むぎがゆ)やから、なんでも美味(うま)い日本では、実は美味(うま)くも何ともない。でも(なつ)かしいなあって、そういう(うれ)しさやねん。  アキちゃん食うたことない言うてたし、いっぺん食わしたろって、そんな気持ちで連れていってみた。  二人で食えば何でも美味(うま)いよ。ラブラブやからな。うっふっふ、って、絶好調(ぜっこうちょう)でドアをくぐり、俺は止まった。完全に静止(せいし)した。アキちゃんそれに、もろにグフッて衝突(しょうとつ)してたわ。 「痛い。(とおる)。なに急に止まってんのや……」  (うら)めしそうに言うアキちゃんを無視(むし)して、俺は店ん中を(にら)んでた。  入ってすぐの窓辺(まどべ)上席(じょうせき)に、藤堂(とうどう)さんがいた。しかも破戒(はかい)神父(しんぷ)を連れてやで。にこにこブランチ食うとんのやで。  ()るわけない。だって十時過ぎなんやで。仕事どしたんや、あんた。 「ああ、おはようございます。昨日はどうも」  藤堂(とうどう)さんはこっちに気づいて、そんな気まずい挨拶(あいさつ)を、いかにも(さわ)やかに言うてたわ。アキちゃんに。  ほんで、よろしければご一緒(いっしょ)にて言うねん。  よろしくないですとは言われへん。俺なら言えるけど、アキちゃんは言わへんかった。  アキちゃんて、案外(あんがい)人懐(ひとなつ)こい子やで。特に相手がすでにご同類(どうるい)とわかりきってる時にはな。  学校とかでは人嫌(ひとぎら)いみたいやけど、それは警戒(けいかい)してるかららしいわ。普通のやつと付き()うて、お前変やて言われんのが(いや)やて、そんなことが気になって、くつろがれへんらしい。  せやけど藤堂(とうどう)さんやったら平気らしい。なんせ相手は血を吸う化けモンで、そのツレは破戒(はかい)神父・神楽(かぐら)(よう)。どう見ても仲間そのもの。  だからって、自分のツレの前の男と平気で(めし)食うアキちゃんの神経が、どこでどう(つな)がってんのか、俺にはさっぱりわからへん。  そんな、俺は(いや)やていうしかめっ(つら)で、俺は真四角(ましかく)のテーブルの、藤堂(とうどう)さんの向かいの席に座った。  アキちゃんはその斜向(はすむ)かい、破戒(はかい)神父の向かいの席に。  (みょう)構図(こうず)やで。

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