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16-5 トオル
どっちに訊 いたもんか決めかねて、名前長い外国人と藤堂 さんを代 わる代 わる見た。
神楽 遥 はむっちゃ気まずいという顔をしていた。
しかし目は逸 らさずに俺を睨 んでいた。
「そうや。再婚してん」
藤堂 さんはものすご普通にそう言うてた。
「えっ。ちょっと待って。こいつ女やった? 実は神楽 遙 ちゃんやったん?」
俺は思わず席を立ってまで藤堂 さんに訊 いていた。はるかちゃんを指さして。
「いいや。男やで。ハルカやないで」
「どういう了見 でそれと結婚なんかすんの!?」
俺に真面目 に頭上 から訊 かれて、藤堂 さんは、えっ、どうって、と首を傾 げた。
「結婚してへんのに一緒 に住んだら、ふしだらやろ?」
ああ、そうね、みたいな。そんな話か?
藤堂 さんは、考え方古いんか、新しいんか、よう分からん男。
今時の世の中、結婚してないやつが同棲 してて、ふしだらやと思うような奴 がどこに居 る。
ヴィラ北野 に居 る。
神楽 遥 は行き場がなかった。こいつは修道院 に住んでたんや。それを教会おん出てもうたら、いきなり住 み処 に困 るわけや。
ほな一緒 に住もか、って、そこまでは、まあ、何とか普通と言えなくもない話。
そこからが普通ではない話。
藤堂 さんは考えた。一緒 に住むのに、結婚もしないでは、ツレが可哀想 やと。
そして男としての甲斐性 を見せたわけやけども、神楽 遥 はもともと教会と結婚してたような男やし、前のと別れたばっかで指輪の指 が寂 しい男やった。
それで素直 に承知 して、前の男にもらった指輪の痕 が消える間もなく、新しいのを填 めたわけや。
「簡単やったで。うちのホテルに礼拝堂 はあるし。発作的 に結婚する客のために、ショップで指輪も売ってあるし。それに神父も居 るしな」
視線 で神楽 遥 を指 して、藤堂 さんは、ほら完璧 やという涼 しい顔をしていたわ。
「それ、もう、神父ちゃうやろ」
俺はいちおうツッコミ入れておいた。
自分の結婚式の司祭 を自分でやる奴 がどこに居 るねん。
居 るで、ヴィラ北野 に居 る。
「アキちゃん。絶句 してへんと、何か言うてやれ。このアホどもに……」
俺はテーブルに両手をついて、常識大好き本間 暁彦 に助けを求めた。
もう俺をこの異常なアホアホ世界の泥沼 から助けられるのはアキちゃんだけや。
せやのに俺のツレは助けるどころか、自分も一緒に飛び込むほうを選択していた。
「画期的 や」
何が画期的 なのか。アキちゃんはものすご感心 した声で言うてた。
「そうや。それは考えてみたことなかった。お前と結婚すればええんや」
それで解決、みたいな話を、アキちゃんは俺にしていた。
すみません、お話の途中 でアレなんやけど、亨 ちゃんはなんの話か全くついていけてません。
俺はテーブルに両手をついたまま、え、なんやて、という朦朧顔 でアキちゃんを見た。
「実は昔から、誰かと結婚したかったんやけど、お前は男やし無理やなあと思ってたんや。でも、できるんやったらお前でええか」
カツ丼 ないなら天丼 でええか。そんな感じでアキちゃんは言うてた。
俺はさらに朦朧 として、それを見た。
「これと結婚すんの。チャレンジャーやなあ、本間 先生。でもいいですよ、結婚。離婚 もできるし」
藤堂 さんがそう勧 めていた。アキちゃんはそのアホな話を真顔 で聞いていた。
「何やったら、これから帰ってします? 天気ええし。ものの十分くらいですよ。誓 いますか、誓います 誓います でキスして終わりやし。指輪も店にありますし、金とプラチナとどっちがいいですか」
藤堂 さんは悪魔の結婚業者みたいやった。まるで娘をとっとと片付けたいおとんみたいやった。
「そんな発作的 にしていいもんなんでしょうか」
アキちゃんもさすがに引いていた。
「いいんやないですか。そんなん天職 とおんなじですよ。深く考えて結婚しても、離婚 するときゃするし、適当 に結婚しても、一生添 い遂 げるやつは添 い遂 げるでしょ。なぁんとなくのノリでええんやないですか?」
「なぁんとなく?」
アキちゃんは説得 されつつあった。
藤堂 さんと斜向 かいの席で向き合って、そうかなあって呑 まれた顔で大人しく見つめ合っていた。
「結婚というのは契約 なんです。仕事の契約 と同じです。誓約 して、それを守るだけです。守れそうにない場合は誓 ってはいけませんが、守れそうなら難しいことではないです」
長い名前の元神父が、そんな話を補足 してやっていた。
「守るって何を守るんですか?」
「結婚ですから、誓約 内容は愛です。お互 いを尊敬 し、愛し、守ることを誓 うのが結婚です。死が二人を分かつまでです」
アキちゃんに訊 かれ、神父は真面目 くさった顔をして、自分のカップに紅茶 を注 ぎながら答えた。
その銀色のポットを持つ指に、金の指輪が光っていた。
「永遠に死なない場合は?」
「契約 が、永遠に続くだけです」
紅茶 を飲みのみ、神楽 遥 は断言 した。
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