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16-6 トオル
「永遠?」
「何か不都合 でも?」
確かめているアキちゃんに、神楽 遥 はなにかムッとしたような声で答えた。
アキちゃんはそれに、ちょっと慌 てて首をふるふる振 っていた。
「ちなみに、浮気 はだめです。婚外 の相手と、どうのこうのあるのは、姦淫 です。十戒 によって禁じられています」
伏 し目にテーブルを見ながら話す神楽 遥 は、なんや言いしれぬ怖さに満ちていた。神父やからかな。元やけど。司祭 さまやからか。それが説教 垂 れてるからか。
そんなビビってる俺のところへ、できあがった朝食を持って、金髪の店主がにこやかに現れた。
店主はイギリスから来たとかで、日本語が下手 やった。
それでも藤堂 さんとは気さくに話した。
藤堂 さんはホテルマンやし、長く海外で修行 したこともあって、英語はぺらぺらや。発音もええしな。英語で冗談 言えるレベルやで。
せやし店主に冗談 を言って笑わせていた。
飯 出てくんの遅 いし、お客さん二回ぐらい餓死 して復活 したところやわ、って。
それは嫌 みといえば嫌 みなんやろけど、藤堂 さんはこの店では常連 らしい。
店主はぜんぜん気にしてへんかった。あははと笑って受け流し、俺とアキちゃんの前に、卵やポリッジの白い皿を次々並べた。
その笑ってる顔がな、美貌 やった。綺麗 な顔やったんや。
歳 は、そうやな、三十なったかならへんかくらいか。それでも藤堂 さんから見たら、まだまだ若いほうやろ。
品 もええし、アングロ・サクソン系のエレガントな男やった。
ごゆっくりと言って、店主はまた引っ込んだ。
美味 そうな朝飯 や。
さあ食おか、って。
そんな空気やなかった。
「卓 さん」
むっちゃ冷たい声で、神楽 遥 は訊 いた。
「この店、休みの度 に来てたんですか? 毎週?」
眉 をひそめて、神楽 遥 はちらりと、カウンターの向こうに見えてるキッチンの湯気 の中で、何かをタイプしてるらしい店主を見やった。
かたかたと、キーボードの音が聞こえる。
「いいや。基本的に毎朝来てた。朝飯 、美味 かったやろ?」
どことなく、言い訳 臭 く聞こえる声で、藤堂 さんは答えた。
「いいえ。僕はイタリア系なんで、朝はカフェラッテとビスコッティです。英国風 やないんでね。朝は甘いもんを食べるんです。ポリッジとか、芋 やのうてね。もっと洗練 されたもんを」
神楽 遥 は、むちゃむちゃトゲトゲしてた。そして、引き続き怖かった。
怖いなあ、って、藤堂 さんは引いていた。でもそのビビる感じが、案外 気持ちいいです、みたいな、そんな感じやった。
それを見て、俺はふと思った。
この人、歌ってる俺も好きやったけど、実は案外 、鬼みたいやった俺のことも、好きやったんやないか。
藤堂 さん実 は、ちょっとマゾっ気 もあるのかなみたいな。
そうやなかったら、悪魔 そのものみたいやった俺に、一年も耐 えられたはずがない。そしてそれを、愛せたはずがない。
「怖 。怖 いなあ。お前はいったい何を怒ってんのやろ」
「顔で、選んだんですか」
ゆっくりと、神楽 遥 は問いつめた。
まるで宗教裁判 やった。答えしだいで火炙 り決定みたいな。
「何が。味で選んだんやで?」
飲もうとしたけど紅茶 空 っぽやったわって、藤堂 さんは笑いながら慌 てていた。
紅茶 ありますよって、アキちゃんがそれに注 いでやっていた。
なんか同情 湧 いたんやないか。いつも自分が俺にやられてることやしな。
「味? 味で選んだんか! 人間性やのうて味!?」
「お前のことやない。この店の話やろ?」
アキちゃんに注 いでもらいつつ、藤堂 さんはキレかけ二秒前みたいな神楽 遥 をむっちゃ避 けてた。
まあ、これはこれで、名 コンビ。というか、バカップル。というか、お似合 いの夫婦 ?
妻はおらんから、お似合 いの連れ合いどうしになれそうや、というところかな?
関西でいう、ツレというのは、連れ合いのことを指す。
友達もツレ、恋人も、配偶者 も、漫才 の相方 もツレ。
連れ立って何かする固定の相手はみんなツレ。
せやから、アキちゃんは俺のツレ。ほんで、神楽 遥 は藤堂 さんの新しいツレやった。
もうそれでええか。怖いけど、怖いのんがけっこう好きらしい、俺の前のツレを、よろしゅうお頼 み申 します。
我慢 ならんという顔をして、神父は白い両手を額 に添 えて、堪 えなあかんという態度 をとってた。まるでブツブツ祈 ってるみたい。
我慢 するんや。キレへんの。俺なら絶対キレてるけどなあ。水か紅茶 かぶっかけてると思うわ。
よかったなあ、藤堂 さん。おとなしい子が来て。
お育ちええ子は違うわあ。これこそあんたの好みやろ。顔ええし行儀 はええし、神父やしな。良縁 やった、まさに。
「血吸うたん、こいつの」
卵食いつつ、俺は藤堂 さんに笑って訊 いた。
「吸うたよ。めちゃめちゃ吸うてやった」
自嘲的 に、藤堂 さんは言うた。
恥 ずかしいんやろ、俺に訊 かれて。俺から逃げて逃げて、結局 これかみたいな、そんなオチやもんなあ。情 けない。
「ほどほどにしときや。ほんまに永遠に連 れ添 う羽目 になんで。こいつ力強いみたいやからな、たぶん上手 く化 けるやろ。怪物 なったりせえへんと、ほんまになってまうで、血を吸う外道 に」
藤堂 さんがきっと心配してるであろうことを、俺は教えてやった。
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