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16-7 トオル
そんな俺の親切極 まりない結婚祝いのスピーチに、藤堂 さんはにやりと舌 なめずりをして、意地悪 そうな照 れ隠 しを言った。
「食いながら喋 るな、亨 。お行儀 悪いなあ、お前は相変 わらず。本間 先生お育ちええねんから、行儀 よくしてへんかったら嫌 われてまうぞ」
「ああ平気。アキちゃん俺のこと、心底 愛してるから」
ベイクド・ポテト食いつつ、俺は自信満々で勝ち誇 ってやった。
そして、そうやんな、俺のツレ、と思って、アキちゃんを見つめた。
それにアキちゃんは、こう答えてくれた。
「ほんまやで亨 。お前、行儀 悪いから、食いながら喋 るのやめろ……俺も前から気になってて、いつ言おう、いつ言おうと思ってたんや」
ノーフォローやったね。むしろ突 き落としてた。
アキちゃん、そんなこと思ってたんや。気をつけよ。
でもね、今は言うたらあかんとこやったね。空気読めてない。
そんなお前と、誰が結婚なんかするか。ほんまムカつく。
俺を舐 めんな。びっくりするやんか、そんな話にいきなりなったら。心の準備もくそもないわ。
俺を式神 やのうて連 れ合 いにする気か。頭おかしい。学生の分際 で。
そんなこと、できるわけない。おかんが許 すわけない。おかんが許 さんことを、マザコン野郎 のお前がやれるわけない。
でももし、おかんが許 したら、してやってもええわ。ちょっと誓います 言うぐらい、言うてやってもいい。
でも、もうちょっと、考えさせて。
考えたところで、断 る理由もないんやけど、俺もとうとう年貢 の納 め時かって、ビビってくるからさ。
そんな玉 やないんです。それにそんな時でもないやん。
のんきやな、アキちゃん。緊張感 がない。
俺がアキちゃん死んだらどうしようって、必死で焦 ってる時にお前というやつは、そんなアホみたいなこと考えてたんか。
お幸せやなあ。ほんまにアキちゃんは、お幸せ。
そんなお前に愛してもらえて、俺もほんまにお幸せやわ。
「のんきやなあ、神父。結婚なんかして、アホみたい。鯰 どうすんの」
お行儀 よく紅茶 飲んでる王子様風外国人に、俺は訊 いてやった。
神父はさすがにちょっと、ぐっときたみたいやった。自分でも思うんやろ。アホやな自分て。
「鯰 ってなに?」
死んでも禁煙 はできへんらしい。アキちゃんにごめんねしながら、藤堂 さんは葉巻 にまた火を入れていた。
これはこのおっさんの朝の儀式 である。ゆっくりと一本吸うのが。
それをにこにこ吸いながら、藤堂 さんは何も知らんらしい口調で、誰にともなく訊 いていた。
話してないんや、神楽 遥 。
「なんも知らんの、藤堂 さん? ようそれで、あんな変な客、うじゃうじゃ泊 めてやってるな」
俺は呆 れて訊 ねた。
「いやあ、どんな客でも、お客様は神様やから」
冗談 のつもりはないやろけど、藤堂 さんは的確 なことを言うてた。
そうやで、藤堂 さん。知らんやろけどな、お客様の一部は神様なんやで。
しかし、さすがに、尋常 ではない客やというのは、いくら藤堂 さんが鈍 くても気がついていた。
この人は仕事に関してはめちゃめちゃ勘 が鋭 いからな。鈍 いんやないねんで、偏 ってんねん。
「今回のは超大口 の客でな、ホテルまるごと貸し切りやねん。大崎 茂 さんが、最終的にまとめて全部の費用を支払うということで」
えっ。大崎 茂 って、大崎 先生やんか。眼鏡 の狐 のご主人様やで。
それに藤堂 さんにとっては、アキちゃんが描いた俺の絵を競 った相手やないか。赤の他人やないで。
「妙なもんやなあ。人の縁 て。まだ死んでへんのかって言われたわ。よっぽどあの絵が欲しいらしいなあ、あの人」
大崎 先生と会 うたことあるらしい口調で、藤堂 さんは俺に言うてた。
絵を買う時には、画商 の西森 さんを介 しただけで、直 には会 うてへんかったらしい。病身 やったしな、代理人 を通した。
ちなみに西森 さんと藤堂 さんは、あの絵を買うずっと前からの知り合いやで。
藤堂 さんは元々、東山 のホテルのリニューアルのために呼ばれた、その手の仕事に定評 のある男で、内装 やらルームサービスのメニュー、フロントのお姉ちゃんのお辞儀 の角度 なんてものまで含 め、何から何までのトータルコーディネートをするのが仕事や。
言わばホテルの指揮者 か調律師 みたいなもん。
せやから、もちろん絵も買うし、リニューアルにあたって、西森 さんに依頼 して、ホテルのエントランスに飾 るでかい絵を探させた。
真っ赤っかな三連作で、なんでか茶碗 の絵やで。意味不明やけど、でもその絵があるせいで、地味 くさかったエントランスはぐっと華 やいだらしい。西森 さんはそう言うてた。
ほかにも藤堂 さんは絵を沢山 買 うてやったし、西森 さんはあんなおっさんや。お洒落 やし、人好きもする。ふたりは気が合 うたらしい。
ここだけの話、俺を藤堂 さんに紹介 したのは、誰あろう画商 西森 やで。
別にそういう意味で引き合わせたわけやないけど、あのホテルにある店で飯 食おかって、西森 さんに誘 われてついていった時に、たまたま行き合 うたんや。
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