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16-8 トオル

 せやからまあ、共通の友人というとこか。  西森(にしもり)さんは人に好かれるタイプなんか、人の(えん)のタコ足配線みたいなおっさんやで。めちゃめちゃ人脈(じんみゃく)広いしな。  今では大崎(おおさき)先生かて、あの人のお客さんらしいやんか。めちゃめちゃ絵()うてるらしいで。金持ちは違うなあ。  そう。大崎(おおさき)(しげる)資産家(しさんか)やった。それも桁外(けたはず)れの。  (ぼう)メーカーの会長さんやで。  世界をまたにかけて(かせ)いでるから、(ふところ)(あたた)かいのを通り()して灼熱(しゃくねつ)や。  これも、ここだけの話、大崎(おおさき)(しげる)他府県(たふけん)に引っ越そうかなあて言うだけで、京都の府知事は泣きながら土下座(どげざ)しにくるいう(うわさ)や。  そして大崎茂が海外引っ越そうかなあ言うだけで、総理(そうり)も青ざめるいう話や。  みんな分かってへん。そんなん、あるわけないのにな。  大崎(おおさき)先生が引っ越すわけない。  アキちゃんのおかんが住んでる京都から出ていくわけない。  (きつね)が言うには、大崎(おおさき)先生はアキちゃんのおかんに()れてるらしいからな。  それでもあの(じい)さん、ちゃんと結婚してるらしいで。奥さん()るねん。  (めかけ)()るで。  それで息子とか娘もいっぱい()るねん。  それでも自分のような、巫覡(ふげき)としての力を()いだ子が、ひとりも出てけえへんかったんやって。  それでもアホな子らやないで。みんな頭良くてエリートらしいで。竜太郎(りゅうたろう)がそう言うてたやろ。  海外留学とかして、一生懸命お勉強して、立派(りっぱ)に会社を()いでいる。  それでも大崎(おおさき)先生は、あかんらしい。アキちゃんや竜太郎(りゅうたろう)みたいのが欲しかったらしい。わがままやなあ。そして無茶苦茶(むちゃくちゃ)や。  もしも自分が(いと)しの登与姫(とよひめ)と結婚できてたら、アキちゃんみたいな子が自分の息子として生まれてたんやないかって、思うらしいよ。それでアキちゃんにも執着(しゅうちゃく)してるんや。  そんなん言われてもなあ。アキちゃんも(こま)るよ。(じじい)と親子ごっこさせられてもなあ。ほんまのおとんがカムバックしてんのやしな。()らんよな、海原遊山(かいばらゆうざん)。 「本間(ほんま)先生と、大崎(おおさき)先生は、いったいどういうご関係なんです?」  ()いてええのかなという、ちょっと遠慮(えんりょ)がちな態度で、藤堂(とうどう)さんはアキちゃんに質問をした。 「どういうご関係なんやろ……」  なんて説明したらええんやという(こま)り顔で、アキちゃんは口ごもった。  なんか適当(てきとう)なこと言うてごまかすんやろと、俺は思ってた。  しかしアキちゃんは藤堂(とうどう)さんに、ぶっちゃけ話してた。 「うちのおかんが一種の(おが)()で、大崎(おおさき)先生はその客なんです。俺が家業(かぎょう)()ぐやろということで、目をかけてもろてるようです」 「えっ。先生、(おが)()なるんですか。画家(がか)やのうて?」  むちゃくちゃびっくりしたように、藤堂(とうどう)さんは吸いかけた葉巻(はまき)(ちゅう)に浮かせた。 「いや……(なや)んでるんやけど。たぶん、両方なるんやないかなと」  ちょっと()ずかしそうに、アキちゃんは話してた。  藤堂(とうどう)さんはそれを見て、しばらく不思議そうに目を(またた)いていたけども、やがて面白そうに吹き出して笑った。 「それは(すご)いね。不思議(ふしぎ)不思議(ふしぎ)や。先生は絶対に、絵は描いたほうがいいと思いますよ。言うつもりなかったんやけど、あの絵ね、俺が先生から()うたやつ。生きてます」  誰を見るのも()れくさいという顔をして、藤堂(とうどう)さんは他に見るもんなかったんか、キッチンで何かタイプしてる店の主人を(なが)めた。 「夜中にね、夢かもしれへんけど、歌(うと)うてる。それに、(しゃべ)るときもあるんです」 「(しゃべ)る!?」  気色(きしょく)(わる)い。俺は思わず(さけ)ぶ声やった。  絵が(しゃべ)るなんてキモい。しかも俺の絵なんやで。  本人差し置いて、勝手に発言せんといてほしいわ。  アキちゃんの絵やから、そんなことがあっても変やないけど、それにしても(すご)い。 「なんて言うてんの、俺の絵は」  怖いわあと思いつつ、俺は藤堂(とうどう)さんに()いた。俺も空気読めへん(へび)やった。  藤堂(とうどう)さんはにやりと笑って俺を見て、その(にが)みばしった笑みのまま、俺に教えた。 「アキちゃん好きや、アキちゃん好きや、俺をずっと、(はな)さんといて……」  ぼんやり()を読むような声色(こわいろ)で、藤堂(とうどう)さんは言うていたけど、それはいったい、いつからの話かと、俺にはそれが気になった。  まさか藤堂(とうどう)さんがいっぺん死ぬ前からずっとかな。ずっとそれを聞きながら、この人は死んで、また生き返ってからも、時々それを聞いてたんか。 「胸糞(むなくそ)悪いしな、焼いてまおうかと思ったんやけども、よう描けてる絵やし、それも()しいと迷ってな、他に相談する相手もおらんし、世間話(せけんばなし)でここのマスターに、人生相談乗ってもろたんや」  カウンターから見える店主の横顔は、日本語会話は聞いてない、そんな顔やった。 「あの人な、小説家やねん。朝飯屋(あさめしや)道楽(どうらく)や。喫茶店(きっさてん)で小説書くと、はかどるんやって。せやけど他人の店やと好みに合わんところもあるから言うて、自分で店することにした。そしたら二十四時間でも、年中無休やろ。時々来る客の話から、ネタも(ひろ)えるっていうんで、ええご身分らしいわ」  どうりで商売っけがないわけや。どうでもええんや、客入りは。  その割にお前の作る朝飯(あさめし)美味(うま)い。紅茶(こうちゃ)美味(うま)いよ、小説家。いい(うで)してる。イギリス人やから?

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