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16-11 トオル

 まあ、とにかく、あの(じい)さんも、キリスト教と関係あるようでいて、実はない。  (せい)ニコラウスとかいう聖人(せいじん)やということで、後付けで関連付けされてはいるけども、それは無理矢理。  クリスマスにツリー飾るんは、ほんまは北欧(ほくおう)のほうの常緑樹信仰がもとになってるもんで、冬至(とうじ)の祭りや。  サンタクロースも玩具(おもちゃ)くれる妖精(ようせい)なんやで。せやから手下(てした)どもも妖精(ようせい)なんやんか。  なんも関係あらへん。アラブのちょい横、エジプトのちょい上あたりのベツレヘムで、粗末(そまつ)な馬小屋で生まれた男の子がはじめた宗教の神さんと、北欧(ほくおう)玩具(おもちゃ)くれる(じい)さん、なんも関係ない。  せやけど楽しい、クリスマスにツリー飾ったり、家族でケーキ食うたりするのは楽しいし、やめられへんし、やめたら子供らが可哀想(かわいそう)やしということで、キリスト教の神さんも、それを(ゆる)したんやろ。  水煙(すいえん)兄さんに言わせれば、その神の名はヤハウェや。  俺が唯一絶対(ゆいいつぜったい)と、強面(こわもて)の神さんやけど、折れる時には折れているらしい。  悪魔(サタン)アレルギーでも神は神や。結局人間を愛してるんやろ。人間が好きやというもんを、あかんと言うて取り上げることはできへん。  ピンチになれば(すく)おうとする。そうしてバレてまう、俺は全知全能やて言うてるくせに、そうでもないやんということが。 「まずい、というか、なぜ全知全能の神が、そんな妖術(ようじゅつ)の力を()りねばならんのかということです、本間(ほんま)さん」  まるでアキちゃんが悪いみたいに、神楽(かぐら)(よう)()()めていた。  尋問(じんもん)されてるアキちゃんは、むちゃむちゃ姿勢が良かったよ。めっちゃ緊張(きんちょう)していた。  怖いねん、神楽(かぐら)(よう)。マジで怒ってるんやもん。 「なぜ、って……なんでやろ。そんなん俺は知らんけど。えーと……なんでです?」  結局、神楽(かぐら)(よう)本人に聞き返してた。  そうやな。お前が知らんのに、アキちゃんが知るわけない。アホやねんから。  この件に関しては、かなりアホやで、アキちゃんは。  なんや知らんうちに巻き込まれて、なんや知らんうちに祭主(さいしゅ)にされてんのやから。  下手(へた)すりゃ生贄(いけにえ)なんやで。アホとしか言いようがない。 「僕が()いているんです。ヴァチカンでも同じことを()きましたが、ウヤムヤにされました。まあええやん、とにかく行ってこいみたいなラテン乗りで。そういうの駄目(だめ)なんです僕は。白黒はっきりつけたいんです。我慢(がめん)できへんのです、我慢(がまん)しろて言われても!」  我慢(がまん)がきかへん神楽(かぐら)(よう)は、ちょっとばかし怒鳴(どな)る口調やった。  それに藤堂(とうどう)さんは、(あき)れたみたいに(まゆ)ひそめてた。 「大きい声出すな、(よう)。はしたないで……」  なんやとこら。お前が俺に指図(さしず)できるような立場か。(ひざまず)いて足をお()め。と、俺ならそう言うところやで。  しかし神楽(かぐら)(よう)は、そんな奴ではなかった。  藤堂(とうどう)さんに(あき)れられて、うっと()まってた。  (きら)われちゃったらどうしよう、みたいな、そんなしんどい顔を、一瞬だけした。  可愛(かわい)いやつめ。そこがポイントやったんか。知らんかった。キレたらあかんかったんや。  もじもじ(だま)った神楽(かぐら)(よう)の手にはまだ、蝶々(ちょうちょ)が止まってた。  それを(うら)めしそうにじっと見てから、神楽(かぐら)(よう)はさっと手を()った。  (ちょう)はびっくりしたように、また(ちゅう)に舞い上がった。 「あのね、本間(ほんま)先生。話見えへんし、ぶっちゃけ聞いてもいいですか。何してるんです、霊振会(れいしんかい)て。お客様の素性(すじょう)をあれこれ詮索(せんさく)すんのは、()められたもんやないとは思うけど、それでも普通やないからね」  吸い終えた葉巻(はまき)を灰皿に置いて、藤堂さんは店の外、ドアの向こうの、ヴィラ北野(きたの)があるほうを見た。 「うちのホテル、全部で七十五室しかないんですよ。そこにどうやって、二千人も泊まってるんやろ? 二千人分払うからええやろって、大崎(おおさき)先生は言わはるんですけどね、こっちも、ああそうか(もう)かったでは済まないんですよね。だって七十五室ぶんの人員(スタッフ)しかいないはずやからね、ハウスキーピングとか、どないなってんの……」  (ゆる)せへんわという顔で、藤堂(とうどう)さんは苦々(にがにが)しくホテルを()かし見ていた。 「(しき)がやってるんやと思います」  アキちゃんが、ぼそりと答えた。 「しき?」  なにそれって、ものすご強い声して、藤堂(とうどう)さんが()いた。  アキちゃんそれに、かすかに身構(みがま)えていた。 「なんというか……いるんです、そういうのが。幽霊(ゆうれい)みたいなもん、ていうか……ものすご強い神様みたいなのから、鉛筆(えんぴつ)(けず)るくらいしかできへんのまで、いろいろ等級(とうきゅう)があるらしいんですけど、巫覡(ふげき)()いて、使役(しえき)(こた)えるんです。それが、部屋の掃除(そうじ)とか、ベッドメイキングとか、やれと言うたらやるんでしょう」 「ハウスキーピングを?」  そんなアホなって、藤堂(とうどう)さんはそんな口調やったけど、そら、ご主人様にやれ言われたら、(しき)はやるやろ。喜んでやる奴もいてるはず。  だって俺もやってたやん、アキちゃんのために(めし)作ってやってたし、掃除(そうじ)もしてたで。  別に俺は、そういうの、(きら)いやないねん。藤堂(とうどう)さんは知らんやろけどな。

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