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16-12 トオル
「許 せへん」
藤堂 さんは嘆 かわしそうに断言した。
そうやろな。ごめんな。藤堂 さんはどっちかいうたら、自分ではなんもできへんみたいな、王様というか王子様というか、そんな子が好きなんやもんな。
一日だらっと楽しく遊んでて、カナリアみたいに歌歌 うて、夜は待ってる、そんな感じの浮世離 れしたのがええんやろ。
せやけど俺にはつらいねん、性 に合わへんのです。
遊びもええけど、一緒やないと面白 うない。一人やと嫌 やの。構 って欲しいの。
それが無理ならしゃあないんやけど、他の男とやっとけって、そんなん無茶苦茶 すぎなのよ。
それでもやるけど。だって誰かから精気 吸わんと死ぬんやもん俺は。
それ見て、お前は淫乱 やって、そんなのあんまりやないか。
勃 たへんお前が悪いんやないか。血も吸うたらあかんて言うし。亨 ちゃん、どうにもやむをえず悪い子してたんやないか?
「ハウスキーピングにも美学 があります。勝手にやってもろたら困 るんや」
あれ、そっちの話やった。式 の事やなかった。
急にイライラしてきて、藤堂 さんは言った。ものすご険 しい顔やった。
俺がようく知ってる渋面 や。仕事の鬼やで、鬼がまた現われた。
「そうまでして、何をしようというんです? なんの根城 やねん、俺のホテルは」
藤堂 さんは、怒ってる。それが分かるんやろ。アキちゃんはさらに姿勢が良かった。
なんでビビんの。なんでお前が藤堂 さんにビビる必要があるんや。
おとんのご機嫌 そこねてもうた子みたいに、正座していいなら正座したいみたいな、なんでそんな気配がむんむんしてんのや。
「鯰 封 じです」
「鯰 って何」
取り付く島も無い、部下にもの訊 く口調になって、藤堂 さんはアキちゃんに訊 いた。
「俺もよく知らんのやけど……大地震を起こす神さんらしいです」
「地震!?」
すいません地震です、すいませんて、アキちゃんはそんなこと言いたいのを堪 えてるような、若干 青い真顔やった。
ぱっと見には無表情やけど、俺はこの顔見慣れてる。アキちゃんがリアクションできないくらい動揺したときの顔やねん。
なんで動揺してんの。藤堂 さんに嫌われたと思ったんか。
なんでそれがマズいの。変な子やわあ、アキちゃん。
好きなんか、藤堂 さんのこと。誰にでもモテるんやなあ、このおっさん。
鈍 いから、本人は気付いてへんのかもしれへんけど、藤堂 さんはけっこう、いろんな奴 に愛されていた。
前のホテルでも、藤堂 さんに片思いしてる男や女の部下がいくらでもおった。
ドアマンにベルデスク、コンシェルジュの美人のおばちゃんまで。むしろあのホテルは藤堂 さんの愛の城やったで。
藤堂 マネージャーの美学 を達成すべく、日夜 の努力を惜しまへん下僕 どもの巣窟 やった。
通りすがりに藤堂 さんが、ようやってるわと微笑 めば幸せで、なんやこれはと眉 ひそめればチビりそうになる。慌 てて直して、廊下 の隅 で泣く、そんな世界やってんからな。
そんなハーレム生成 男の魔力に、お前が捕 まってどうすんねん、俺のツレ。
画家やめてホテルで雇 ってもらうんか。
やめてアキちゃん、そんな新しい世界に目覚めんといて。そんなことになったら俺はどうなるんや。前の男に今の男を寝取られるやなんて、そんなん変すぎる。
「地震が起きるんですか? いつ?」
じろりとキツい目をして、藤堂 さんは訊 いた。
「せやから……八月二十五日……?」
アキちゃんは自信なさそうに言い、助けを求めるように神楽 遥 を見た。
神楽 はそれを見つめ返すだけで、否定はせえへんかった。
たぶん、そうやという意味なんやろ。
「四日後やないか」
どないなっとんねん、という口調で、藤堂 さんは言った。たぶん、神楽 に言うたんやと思う。
お前はなんで黙 ってたんや。いつから知ってたんやて、叱 り付けるような空気やった。
前もよくそうやって、あれが間に合わん、これがもう無理やって電話してきた部下に、藤堂 さんは説教 していた。子供でも叱 るみたいに。
厳 しいねん。うまくやったらめちゃめちゃ褒 めるけど、あかんときは冷たく叱 る。その飴 と鞭 がな、えらい効 くようや。愛の城ではな。
俺はそれには、抵抗 してたけどな。俺はお前の下僕 やないねん。俺がご主人様なんやでって、いつもキレてたな。
向こうは向こうで、俺に溺 れたらあかんわって抵抗 してたんやろうけど、こっちはこっちで抗 っていた。
お前に飼 われて時々歌うカナリアやないねん俺は。悪魔 なんやぞって。
しかし神楽 遥 は悪魔 ではない。今や悪魔 の下僕 。
「すみません……」
何がすまんのか、神楽 は藤堂 さんに詫 びていた。
それに藤堂 さんは暗い顔してため息をついた。
「何がすまんのや。意味なく謝 るな。お前はちょっと変やな」
ぷんぷん怒ってる顔で言い、藤堂 さんは席を立った。
「お先に失礼しますよ、本間 先生。仕事ができたんで、戻ります。大崎 先生に文句言わなあかん。それに地震とは……支度 せなあかん。水に食料に、それから薬も要 るやろ」
ほとんど独り言みたいに言うて、藤堂 さんは店主に金を払いに行った。
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