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16-14 トオル
それに、にこにこ笑い、店主はもう外に出て行った神楽 を視線で指 して、And that's new one.(ほんであっちが新しいのや)と言った。
俺はそれにも黙 って頷 いた。
そして、よろしくジョージ、お前は卓 さんの何やねん、と訊 いた。
すると店主は笑って一言、こう答えた。鮮 やかで品のあるイギリス英語で。
Friend.(友達や)と。
そして、それ以上詳 しくは答えず、にこにこしている店主に、にやりと笑いかけ、俺は喫茶 「いつも朝飯」を後 にした。
ドアを閉じると、からんころんと軽やかな、鐘 の音が鳴った。
ミントグリーンの店構え を見上げると、その二階は住居になってるようやった。
店の奥にあった階段を上れば、そこには部屋があって寝室もあるんやろ。
どうせ客も大して来 んような店、休憩中 のメモ書きでもドアに貼 っときゃ済む話。
しかしそれはもう、俺にはどうでもええことや。
神父もまだ気付いてないみたいやから、言わんといてやろ。
可愛いもんやで、名前呼んだくらいで、わなわな来ちゃう初心 な子なんやから。
友達やってと教えてやろか。それとも余計 なこと言わんと、それも黙 っといてやったほうがええか。
友達言うたら日本では、もちろん友達のことや。親しく付き合うけども、恋愛関係はない相手のこと。
せやけど英語のFriend は少々ニュアンスが違うてる。日本で言う友達のことも当然含 むが、肉体関係はあるけど恋愛関係のない相手のこともFriend と呼ぶねん。いわゆるセックス・フレンドというやつですわ。
俺と画商 西森 みたいなもん。それも内緒 やで。
なんでジョージが俺のことを、藤堂 さんの前のツレやと分かったか。
それはな、想像やけど、たぶん絵を見たことがあったんやろ。
藤堂さんはホテルの地下の自分の住処 に、俺の絵を飾 ってた。でかいベッドからよく見える壁 にやで。
そしてジョージに絵の話をした。この絵は時々歌歌う。そして、アキちゃん好きや、離 さんといてと頼 む。どうしたらええろって。
それにジョージは教えてやったんやろ。この絵はアキちゃんのところに帰りたがっている。返してやりなよと。
そして別れた。良い一日を 、君もな と手を振って。それだけの話。
大人って、みんな悪い子や。俺はそんな悪い大人には、なりたくない。いつまでも永遠にアキちゃんのイイ子でいたい。
No More New One .(新しいのはもういらん)それがうちのスローガンやで。
神父に拉致 られてホテルに戻る道を連れて行かれるアキちゃんが、亨 、早う来いと叫 んでた。
はいはいご主人様と、俺はそれを追いかけた。
俺と一緒に店を出た蝶 が、ひらひらと舞 って、どこかへ消えた。
きっと飛ぶんやろう、アキちゃんの吹きかけた息の魔法が消え失せて、もとの紙くずに戻るまで。
それでも楽しい一日やろう。メモ用紙として過ごすより、蝶 になって飛ぶほうが。
良い一日を 、黄色いメモ用紙 と、俺はその蝶 に挨拶 をした。
すると蝶 は答えた。君もね 、僕のご主人様のイイ子ちゃん と。
ひらひらと、飛び去る蝶 を見送りながら、俺は思った。
俺は金よりプラチナが好き。その方がきっと、俺のツレには似合 うやろう。
そう思うと最高に幸せで、最高に甘い気分 になれたんや。
人生は、甘くない。せやけど時には、こんな甘い朝もあるという話。
あと四日。俺は祈 った。誰とも知れない神に。
どうかお救 いください。俺からアキちゃんを、とりあげんといて。
どうか俺とアキちゃんを、永遠に添 い遂 げさせてくれと。
祈 っても、しょうがないやろか。
けど、それならなんで、人は祈 るんやろ。つらいとき、苦しい時、人は祈 る。
答えは明白 。それには意味があるからや。
神とは限らん。誰かがそれを聞いていて、頑張 れと、きっと幸せになれると、一緒に願ってくれるかもしれん。皆が俺の話を、こうして聞いてくれてるみたいに。
聞いても何もできへん。ただ聞くだけや。
でも神さんも、そんなもんかもしれへん。
だけど聞いてくれたら、俺は嬉 しい。だから祈 る。
まして神なら、何かはできる時もあるやろ。
それが祈 りの効用 や。その具体例 については、また今度話そう。
それまで皆も、祈 っていてくれ。俺とアキちゃんが、幸せになれるように。
それによって俺は、強くなれる。祈念 する力が、幸福を呼び寄せる、そんな未来もきっとある。
何の話かわからんやろう。それはまだ、先の話。またいずれ。また、いずれ。
――第16話 おわり――
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