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17-2 アキヒコ

 そんな人には、全然(ぜんぜん)見えへんのに。  結婚しよかと言われて、そうする(アイ・ドゥ)と答えた。(とおる)みたいに、ちょっと考えさせてとは言わへんかった。即決(そっけつ)や。  血も吸わせた。僧服(そうふく)()いだ。背後位(バック)でやらせた。それが気持ちよすぎて、泣くほど(あえ)いだ。  案外(あんがい)、何でもする人や。  いっぺん(くず)れ始めると、あっと言う間。崩壊(ほうかい)しはじめたダムみたいに。もう元には戻らへん。  見ると、神楽(かぐら)さんの首にはその日も、血を吸われたような小怪我(こけが)があった。それを()えて治してへんのは、たぶんあれやろ。鳥さんのキスマークと同じ。虎が食うてましたよという()(あと)を、残しておきたい。そんな気分なんやろ。  この人もそのうち、血吸うようになるんかな。(とおる)が俺を外道(げどう)()としたみたいに、(とおる)外道(げどう)()とした中西(なかにし)さんが、今度はこの人を()とす。  それでいいかと()かれたら、それでいいと言うんやないか、この人は。あんなに悪魔(サタン)(おそ)れてたのに、結局(けっきょく)そこへ行く。  背中を押してやったんやと、(とおる)は俺に話してた。昨夜(ゆうべ)やったか、ベッドで抱き合いながら、ひと波()えた合間(あいま)睦言(むつごと)で。  神楽(かぐら)(よう)物欲(ものほ)しそうに見えたんやって。  こいつはきっと藤堂(とうどう)さんが好き。抱いてもろたら(うれ)しいやろうと、あいつは直感(ちょっかん)したらしい。  それで深く考えもせんと、神楽(かぐら)さんを()れって命令したらしい。吸血鬼(ヴァンパイア)なりたての中西(なかにし)さんに。  ようやるよ、(とおる)は。それで結果オーライやったからええようなものの、どんな悲劇(ひげき)になってたか、わからへんやないか。  それでも(とおる)()いひんかったら、神楽(かぐら)さんと中西(なかにし)さんは、たぶん永遠に結ばれることはなかったやろ。そんな気がする。  それとも、もしかしたら不思議(ふしぎ)(えん)引力(いんりょく)で、そういうこともあったんかもしれへんけど、しかしどこの世に、友人の息子を()ってまう(やつ)がおるやろか。()るかもしれへんけども、中西(なかにし)さんはもっとマトモや。  それに、無理矢理(むりやり)()られでもしいひんかったら、頭の固い神楽(かぐら)さんが、教会()めるわけがない。自分から好きやって、中西(なかにし)さんに(こく)れるとも思われへん。  そやから無茶苦茶(むちゃくちゃ)やけど、結果的には、あれが正攻法(せいこうほう)やったんやろ。(とおる)が言うように。 「お前も来んのか……(とおる)」  ホテルの地下の駐車場(ちゅうしゃじょう)で、後部座席(こうぶざせき)に乗ろうとしてる(とおる)を呼び止めて、俺は(たず)ねた。 「そら行くよ。アキちゃん行くんや、俺も行くに決まってるやろ。行ったらあかんのか?」  なんとはなしの喧嘩腰(けんかごし)で、(とおる)は運転席の横に立つ俺に、車を(はさ)んで(すご)んでみせた。  後部(こうぶ)に乗るのはな、助手席(じょしゅせき)神楽(かぐら)さんに()られたからや。はっきり言わへんかったけどな、外道(げどう)の横は(いや)やって、そういう顔やってん。  外道(げどう)って、(とおる)やないで。水煙(すいえん)や。  神楽(かぐら)さんが電話一本で呼び出された仕事はな、また鬼退治(おにたいじ)やった。それを手伝うんやったら、俺には得物(えもの)がいるわ。せやから俺は部屋に水煙(すいえん)を連れに行ったんや。  水煙(すいえん)はまだ風呂(ふろ)でぐうぐう寝てたけど、俺が呼んだらすぐ起きた。まだ人型(ひとがた)のままでいて、なんとなく、ずっと人型(ひとがた)でいられるコツが分かってきたと言うてた。  それはええことかもしれへん。水煙(すいえん)がそうしたいんやったら。  剣に戻れんようになってもうたら、ちょっと(こま)るけど、それはないわと笑っていたので、きっと平気なんやろ。  それはええねんけど、車まで、また抱いていってと(たの)まれて、(いや)やとも言われへん。別に(いや)ではなかったし。他には方法がない。まさか(とおる)に抱いていってやれと(たの)むわけにもいかへんのやしな。  だから抱いていったよ。地下駐車場まで。  そして、そこで待ってた神楽(かぐら)さん、ドン引きしてたわ。  忘れてた。水煙(すいえん)、そういえば見た目が宇宙人。  剣とってきますと部屋に帰った俺が、青肌(あおはだ)の宇宙人を姫抱っこして戻ってきたら、そら引くわ。普通やったら引く。そんな事も俺はもう忘れてきてるんやな。  それが普通というのは分かるけど、神楽(かぐら)さん。水煙(すいえん)()けるのやめてくれへんか。俺も傷つく。  こいつは外道(げどう)やないで、神さんなんやで、うちの守り神。  俺は美しいと思うんやけど、神楽(かぐら)さん視界(ビュー)ではやっぱり悪魔(サタン)か宇宙人? 「ジュニア、(とおる)にもついていってもらえ。何があるかわからへんのやし、(しき)()るかもしれへんやろ」  先にシートに座らせていた水煙(すいえん)が、俺を見上げてそう言うた。  開いた運転席のドア()しに、車の中にいる水煙(すいえん)を見ると、俺にはやっぱり美しいモンに見えた。  もう見慣れたからやろ。それに俺は水煙(すいえん)が好きやし。こいつはもう俺の身内やからな。笑うと可愛(かわい)いように見える。 「でも、もう、こいつは俺の(しき)やないもんな」  車の上に頬杖(ほおづえ)ついて、俺は向こう側に立っている(とおる)渋面(じゅうめん)を見た。  なんか(せつ)ない。その場の勢いで切った(えん)やけど、それまでは確かにあった(げき)(しき)との(きずな)みたいなもんが、切れてしまうとはっきり分かる。  俺は今、(とおる)と赤の他人や。なんでもないで。ただ好きなだけ。

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