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17-4 アキヒコ

 神戸(こうべ)(なま)りやからか。それとも電話から()れる気配(けはい)が、なんとはなしに人でないような、そんな気がするのが似てたんか。  電話()しにも(にお)う、外道(げどう)(にお)いやで。 「行きましょう」  俺に向かって言い、神楽(かぐら)さんは電話を切った。  その顔は、めちゃめちゃ暗かった。  俺は水煙(すいえん)に、剣に戻るように(たの)んだ。水煙(すいえん)はそれには(さか)らわれへん。俺の(しき)やから。  青肌(あおはだ)の怪物が剣に変身するのを、神楽(かぐら)さんは悪いもんでも見たように見てた。見慣れてへんのもあるやろけど、これが現実かと俺は思った。  やっぱ水煙(すいえん)には、もっと人間くさい姿をさせとかなあかん。  本人はどうでもええらしいけど、俺が傷つく。誰が見ても綺麗(きれい)やなあって普通に思えるような姿のほうがいい。  でも、それって、水煙(すいえん)には傷つく話なんやろか。  もやもやそう思いつつ、俺が剣を(にぎ)ると、水煙(すいえん)はくすりと笑ったようやった。  そして、好きにすりゃええよと言うた。お前のおとんも自分の好みに合うように、俺を刀匠(とうしょう)に打ち直させた。それをジュニアもやろうというんや、結局、似たもの親子やろと。  それは皮肉(ひにく)に聞こえたもんで、(いや)なら無理に付き合うことはないよと、俺は思った。思うだけでも水煙(すいえん)にはバレバレやからな。  (いや)やないよと水煙(すいえん)は笑っていたようやった。  (いや)やない。お前の好みに合うように、好きな形に作り替えてくれ。  剣の時でも、人の時でも。そのほうが、俺は(うれ)しいと。  それは(なま)めくような声で、ひたりと()()われたような錯覚(さっかく)がした。  剣の時に話してよかったと、俺は思った。たとえ青い肌でも、人型(ひとがた)の時やったらヤバかった。なんかそんな気がした。  (とおる)は車を降りて、車体()しの海を見ていた。そこには一隻(いっせき)の白い船が、港に到着するちょっと手前ぐらいで静止していた。  (いかり)を打って、停泊(ていはく)しているみたいに見えた。 「あの船?」  (まゆ)をひそめて、(とおる)は誰にともなくそう()いた。  船は、造花(ぞうか)かもしれへんけども、とにかく白とピンクの薔薇(ばら)(かざ)られていた。そして甲板(かんぱん)には花のアーチがかけられていて、それをくぐった先には小さな祭壇(さいだん)がある。  結婚式をする船やないかと、そんな(ふう)な見かけやった。  しかし甲板(かんぱん)には誰もいなくて、ひっそり静まりかえってる。誰も乗ってないわけやのうて、乗客は皆、船室のほうに引っ込んでるんやないかという気配(けはい)がしてた。  何か、ただごとでない気配(けはい)はする。船室の窓に渦巻(うずま)く、()(むらさき)(きり)のようなもの。俺にはそれに見覚えがあった。  もちろん神楽(かぐら)さんにもあったやろ。教会の地下で見たのと同じ障気(しょうき)や。 「行きますか、神楽(かぐら)さん」  俺が()いたら、船を見ながら立っていた神楽(かぐら)さんは、そっちを見たまま小さく(うなず)いた。  そして、後生大事(ごしょうだいじ)に持っていた、ねじれたような(みぞ)のある装飾(そうしょく)のクリスタルの(びん)を、ごとりと車の屋根に置いた。 「これは、聖水(せいすい)ですが……ただの水でしょうか。それとも、これは、()くでしょうか。骸骨(スケルトン)に」  真顔(まがお)()かれ、俺は(こま)った。  そんなもん、分かるわけない。あんたが専門なんやで? 「分かりません。今は謎々(なぞなぞ)やってる時では……」 「違います、相談してるんです。本間(ほんま)さん。これが()かないんやったら、僕は行っても役に立ちません。神の名と、聖句(せいく)によってしか、悪魔祓い(エクソシスト)は戦えません。それに意味がないら、僕はただの人間や。行けば足手まといになるかもしれません」  行ってええかと、神楽(かぐら)さんは()いてたんや。  微妙(びみょう)なところやった。  もしもこの人になんかあったら、俺はどうしよう。責任とられへん。  (とおる)に守らせたらええわと、水煙(すいえん)が俺に提案(ていあん)してきた。  その声は、俺以外にも聞こえたらしい。少なくとも(とおる)神楽(かぐら)さんには。 「(うそ)やろ、水煙(すいえん)冗談(じょうだん)きついよ」  (とおる)愚痴愚痴(ぐちぐち)、文句言うてた。 「なんで俺が神父を守らなあかんのや。そんな義理(ぎり)ないで!」  絶対いややという顔で言う(とおる)を笑い、水煙(すいえん)は、チームワークやろと答えた。  お前の好きなチームワークやないか。うだうだ言うな、ついて来たんやったら仕事せえと、びしびし(しか)って大人(おとな)しくさせた。  すごい。(とおる)を説得した。  俺はなんで水煙(すいえん)がずっと、うちの家の筆頭(ひっとう)式神(しきがみ)として、家を守ってこられたのか、その一瞬で納得(なっとく)していた。  (いや)なら来るなと(とど)めをさされ、(とおる)渋々(しぶしぶ)やったけど、その作戦を受け入れた。  あんたもええな、死ぬよりマシやろ、と、水煙(すいえん)神楽(かぐら)さんにも語りかけていた。  (へび)や言うても、(とおる)はイイ子やで。うちでは神なんやからな、守ってもらえて()(がた)いと思え。  土地の神の力を借りようというんやったら、その土地のルールを(おぼ)えへんとなあと、(ねこ)なで声で言われ、神楽(かぐら)さんは押し(だま)っていた。  水煙(すいえん)と、話したくないんやろ。  鳥さんとも、神楽(かぐら)さんは話したくなかった。あいつが聖なる文句を口に出来ると分かるまで、神聖(しんせい)邪悪(じゃあく)か分からんし、口利(くちき)きたくないという態度でいたわ。 「あのな、水煙(すいえん)。お前、なんか神聖(しんせい)なこと言えるか?」  そのほうが神楽(かぐら)さんも気が楽なんちゃうかと思えて、俺は水煙(すいえん)(たの)んだ。お前も自分が神やという()(あかし)を立てて見せてやればええよと思って。  そやけど水煙(すいえん)伊達(だて)歳食(としく)った神ではなかったんや。

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