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17-6 アキヒコ
『徳 さん、どうもですー。その人らね、言うてた除霊 の先生やから。なんや増えとうけど、増えとう人らも俺の知り合いですわ。乗せてやってくれへんか、こっちの船まで』
軽快で、親しみはあるけど品 は悪くない、耳心地 のいい声やった。
俺はぼんやり思い出した。その声がどこから聞こえていたか。
ラジオや。KISS FM KOBE 。
なんで思い出したかというと、突堤 のある海の、向こう側にある建物に、でかでかと看板 が出ていた。KISS-FM 89.9、って。
そこが収録スタジオで、この放送局の本社でもあったらしい。
ポートタワーのそびえる麓 に、背の低い三階建ての白いビルがあって、神戸中突堤 の看板 とともに、ラジオ局の赤文字の看板 も出てた。
「そんなん言うてもな、警察の船やで。水上 タクシーやないんやで」
水上警察 のおっさんは、いかにも親しげな口調で、電話の相手にぼやいた。
『そんなん言うて、もうあかんから。死人出ますから。変死やで、また変死。またもや迷宮入りや』
笑いながら言う声は人が悪そうやった。もしもそいつが人なんやったらの話。
「質 悪いなあ。ほんまにもう……」
顔をしかめて、おっさんは言い、大きく腕で差 し招 いて、乗れという仕草 を俺たちにしてみせた。
電話を切って仕舞 いつつ、おっさんはさらに、早うせえという急 かす仕草 をした。
それで神楽 さんは頷 いて、迷わず乗った。なんで迷わへんの、恋愛ではむちゃくちゃ迷うくせに。乗らなあかんのか、俺も。
もちろん乗るしかなかった。
不幸にも、俺はパトカーに乗ったことがある。濡 れ衣 の罪でしょっ引かれて。それが今度は水上パトカーまで図 らずもクリアした。あとは何に乗ればええやろ。
「水上警察 の徳田 といいます。君らは湊川 の知り合いか?」
知りません。そんな人。
俺は内心そう答えていたけども、ここは、知り合いですと言うところやろ。
たぶん、その、湊川 というのが、今の電話の相手やろうからな。
「知りません」
しかし神楽 さんが一足先に断言してくれた。
笑っていいのか泣けばいいのか。正直者やな、あんた……。嘘も方便 て、キリスト教では教えへんのか。
「一時間ほど前に、初めて電話をいただきました。教会にご連絡くださったとかで、私に直 に電話するよう、言われたとのことで」
「あんた神父さん?」
水上警察 の徳田 さんは、じろっと神楽 さんを見た。
確かにどう見ても神父ではないような格好や。朝飯屋 で会った時のまんまの格好 なんやから。強 いて言うなら良家 のボンボンか、もっと言うなら休日の王子様?
とにかく神父ではない。しかも水持ってる。怪 しさ満点。
制服って大事なんやと俺は実感したよ。警察の徳田 さんは、いかにも水上警察 の人みたいな格好 してるから、俺は何の疑いもなく、この人は警察の人やって思えてる。海パト乗ってはるしな。
しかし神楽 さんは職業と格好 がそぐわない。嘘 でも僧服 着て来 りゃよかったんや。
「神父ではないです。しかし教会から派遣 されて来ました。骸骨 が出たとか」
「出た。船上 の人物から通報 があって……」
ごそごそと携帯を取り出して、徳田 さんはメール画面を開き、それに添付 されていた動画を俺たちに見せた。
結婚式をしていたらしい甲板 に、骨が出ていた。それを見て、骨だあみたいな悲鳴を上げている人たちが逃げていて、いかにも骨出たっていうシーンやった。嘘 くさい怪奇 ドラマのワンシーンみたい。
その船は、どう見ても、ちょっと向こうに停泊 している白い船やった。
「出てますね」
「出てるやろ?」
神楽 さんと徳田 さんは睨 み合って確認していたけど、あまりにもシュールな会話やった。
俺と亨 は何となく着いていけない気持ちになってた。亨 はだらけてただけで、困 ってたんは俺だけかもしれへんけど。
「やっつけられんの?」
もう、そうするしかないという情けなそうな顔をして、徳田 さんは神楽 さんに訊 いた。
「できます。この人が」
後ろに立ってた俺を指さして、神楽 さんは堂々 と言った。俺か!
「この人も神父さん?」
ものすご疑わしいという目で、俺は見られた。神父っぽくないか。そらそうやろ。神父やないんやからな。そんなもん、なろうと思ったことすらないわ。
「いいえ。京都の拝 み屋 の息子です」
きっぱりと、神楽 さんは俺を紹介してくれた。
その通りやった。確かに朝飯屋 でそう話した。でも、そういう風に紹介されたの、生まれて初めてかもしれへん。
おかんが俺のことを、うちの跡取 りどすと人に紹介することはあったけど、うちの家業 がなんなのかは、一種の秘密みたいなもんやったんか、面と向かって、あんた拝 み屋 やろと言うてくる人はおらへんかった。
おかんはあくまで秋津 の登与姫 で、お屋敷 の登与様 やったしな。巫女 やねん。
そしてほんまに、お姫さまみたいに崇 められ、畏 れられていた。
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