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17-7 アキヒコ
そんな具合 やったから、俺は自分の素性 を客観的かつ端的 に認識したことはない。
この時、神楽 さんにずばり言いますみたいに言われてもうて、俺はちょっとびっくりしてた。確かにそうや、俺って京都の拝 み屋 の息子です。
「やっつけられんの、骨」
困ったなあ、ていう顔のまま、徳田 さんはため息ついて俺に訊 いた。そうしてくれへんと困 るんやって、言われたような感じがしたわ。
「たぶんできます」
教会に出た骨も斬 れたんや。船の骨は無理ということはないやろ。
それでも俺は自信なく保証 した。
自信を持って言えるほど、俺にはまだ経験がない。そのための修行 らしい修行 もしていない。
それでもとりあえず、俺には剣がある。うちの伝家 の宝刀 で、名前は水煙 。それに亨 もついてきてくれたしな。チームワークで乗り切れるやろ。
「分かりました。よろしくお願いします」
そう言うて、徳田 さんは横付 けした船にかけられた縄 ばしごを、さあ行ってこいという顔をして、顎 で示 してみせた。
「アキちゃん……」
先に行こうとする俺を、亨 が引き留 めた。
「なんや」
「落としたらあかんで、水煙 。絶対に落としたらあかん、海へは」
真面目 な顔をして、亨 は俺に忠告 した。
せやけどな、抜 き身 やで。鞘 ないねん。神楽 さんが未 だに返してくれへんねん。
あったところで、サーベルを身に帯びるための剣帯 がない。だから手で持って運ぶしかないわけや。
今までは、それで特に支障 なかった。剣として使う機会がないしな。
でも、梯子 を登るとなると、両手が空 いてないと厳 しいわ。もっと普段から、ちゃんと考えておけばよかった。こういう時どうするんやみたいな備 えというか、鞘 はもちろんやけど、サーベル用の剣帯 もいる。おとんはそれは、くれへんかったしな。
ごめんな、水煙 。銜 えてええか、って訊 くと、水煙 はぎょっとしていた。亨 もなんでかぎょっとしていた。でも他に、方法あるか?
い、いいけど……っていう水煙 の刀身 の、刃 のないほうをがっちり噛 んで、俺は梯子 を登ったよ。
水煙 はなんか変で、まさか痛いんかなあと思うたけども、でも落としたら落としたで大変やからさ。
甲板 に上った俺に、神楽 さんが聖水 の瓶 を投げ渡してきた。びっくりしたわ、そんな割れモンを。しかも、ええ肩してる。狙 いも正確やしな。
これは後から聞いた話やけども、神楽 さんは小さい遥 ちゃんやったころ、少年野球のチームにいたんや。こんなナヨそうな癖 に、少年野球のピッチャーやったんやって。せやから案外 、野球好きなんや。
好きなプロ野球チーム、どこやったか知ってる?
そう。阪神タイガースやんか。信じられへん。ここにも虎 ファンが。
ほんまなんかもしれへん。あの、虎 の式神 の話。京阪神 在住 で、阪神ファンやないやつはモグリやという。
俺はモグリやったんや。神楽 さんですら阪神ファンやなんて。虎 の王国かここは。
まあ、実際そんなもんかもな。
皆が皆、タイガースのファンということはないけど、阪神が勝っていると三都 はなんとなく景気 がいい。
おすましキャラが板に付いてる京都はさほどでもないけども、大阪はあからさまにそのようやし、神戸も何というても甲子園 球場 を擁 する地元や。ほんまもんの六甲卸 が吹 いている土地なんやからな。虎 が勝っていて気分の悪かろうはずはない。
特にこの年は、日本シリーズで阪神が勝つか負けるか、一試合一試合を勝ったり負けたりして競 り合 うてる年やった。阪神ファンは気が気でないらしい。皆が虎 の行く末に注目していた。
勝ってくれと何となく願い、人によっては心の底から強く祈 っていた年やった。
そんな年の出来事 やねん、この物語は。せやからまさに、虎 の王国やった。虎 の信太 も絶好調 。あいつの縄張 りである神戸で、それを出し抜こうなんてことは無理や。あらゆるものに、あいつの息がかかってる。
しかし今ここでは関係がない。話を戻そう。
甲板 に降り立った我々チーム拝 み屋 ・ウィズ神様は、誰もいない甲板 に残る不吉な臭 いにおえってなってた。
なってたのは俺だけやったかもしれへん。なんか気持ち悪いねん。
なんやろうこれ。すごく胃が気持ち悪い。頭がくらくらする。
「大丈夫か、アキちゃん……顔色、真っ青やで」
亨 がびっくりした顔で俺を見た。
「なんか気持ち悪いんや……骨のせいかな?」
「違うと思いますよ。だって昨日は何ともなかった」
深刻 な顔をして、神楽 さんは俺を見た。
でもその顔は、ちょっと笑いを堪 えてるようにも見えた。
「船酔 いやないですか」
船酔 い?
くらくら来ながら、俺はそれについて考えた。
船って、そういえば、乗ったことないかもしれへん。さっきの海パトに乗った時点から、なんか変やった、俺は。
「船酔 いって……アキちゃん、この船、ほとんど揺 れてへんで? 停泊中 やで?」
そんなはずないって説得 するような口調で、亨 が俺の肩を掴 んで顔を覗 き込んできた。
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