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17-9 アキヒコ
『それも、まあ、微妙 かな。信太 のやつテンパってもうてなあ、先生。赤い鳥さん独 り占 めやねん。みんなのもんやろ、フェニックス』
「そんなもん知るか」
激 しくムカついてきて、俺は電話に怒鳴 ってた。それにフロアの向こう側で、あははと耳障 りなような笑い声を上げ、電話の男は言った。
『どうでもいいか、今は。早う助けてください。俺もここから、出るに出られへん。俺が逃げたら、この人ら死ぬと思うんや』
向こう側には結界 のようなもんがある。それはあの男が維持 している。それが無くなれば、追いつめられてる人たちは死ぬ。そういう話のように聞こえた。
「あの人は敵ですか、それとも味方?」
神楽 さんが俺に訊 ねた。
わからへん。あいつが神か鬼か。正体が全然わからん。雲 か霞 か、なんかそういう、見極 めようとしても正体がぼやけてる、そんなモンにしか見えへん。
しかしとにかく、今は味方の部類 やろ。とにかく人の命を守ってる。
そやから今この瞬間には神の類 や。それに蔦子 さんの式神 やと言うてた。微妙 らしいけど。どっちつかずやな。訳のわからん奴や。
「敵ではないです。襲 ってくるわけやない」
それだけ聞けば充分 と、神楽 さんは頷 いて、持っていた聖水 の瓶 の蓋 を開けた。そしてそれを、踊 り狂 う骸骨 の居 るフロアの中央めがけて、瓶 ごと放り投げていた。
くるくる回転しながら、瓶 はほの明るいような光る聖水をふりまいて、まっしぐらに飛び、DJブースと、寄り集まった人々のいる壁に叩 きつけられて、粉々 に砕 け散 っていた。
その水の跡 は、まるで一筋 の光る道のようやった。暗い海を割って、一本の光り輝く道が現れたみたいに。
骸骨 たちは、明らかにその道を避 けていた。一瞬、戦 き、踊 る手足が乱 れたけども、それでも奴らは音に縛 られていた。またすぐ憑 かれたように踊 り始める。
振り上げられる骨の手が、ひらひらと扇 のように舞 い、骸骨 たちは皆、激しく身をくねらせ腰を振る、おんなじようなステップを踏 んでいた。
「うおー、懐かしい。ジュリアナや……ノリノリやなあ、骨」
失笑 しながら亨 が褒 めてた。
それは何かと、俺は後々、亨 に訊 ねた。そしたら亨 は教えてくれへんかった。歳 がばれるやんかと言うて。
ばれるもなにもお前は何千歳なんや。何を今さら歳のこと気にしてんのや。無駄 やねん、そんなのは。
それでも絶対言わんと亨 が言うので、俺は後にやむなくネットで調べた。
ジュリアナとは、バブル全盛 の日本において、社会現象とも言われるほどに流行 っていたディスコ、ジュリアナ東京に端 を発 する一種のダンス文化を指す言葉である。
ボディコン、これはボディコンシャスの略 らしいが、ボディラインも露 わな、要 はほとんど着てないような服を着た半裸 の女が、鳥の羽でできた扇 をふりふり、腰もふりふりしつつ、お立ち台と呼ばれた高台 に上って踊 り狂う。そんな変な文化のことを指す。
全て俺が生まれる以前の出来事 や。
ここで豆知識 。
日本では古来 より、文化が行くとこまで行ってもうたり、恐慌 や凶作 などへのリアクション、または予兆 として、庶民 が全く意味のないでたらめの歌を流行 らせたり、集団で踊 り狂ったりする傾向 がある。
たとえば江戸時代末期に全国を駆 け抜 けた、「ええじゃないか」踊 りの大流行 などである。
群衆 が踊 るのは一種の社会的ヒステリーであり、発散 でもある。
ダンス。それには独特の魔術 がある。刹那的 なエロスとか、開放感とか、あるいは破滅 とかいうエッセンスを持った、集団の魔術 やねん。
何を隠 そう、うちのおかんも、扇 を持って踊 る女のひとりや。俺はその踊 りを見たことがない。見たらあかんえと言われてきたんや。
おかんは時として、神さんと踊 っているらしい。群衆 が踊 ると、その中には神や鬼が紛 れ込んでくる。人ならぬモノたちは、歌舞音曲 を好むもんらしい。
そういえば亨 も、ちょっと踊 りたそうやった。歌も好きやし、実はこいつも踊 る妖怪 なのか。
俺がじっと見ると、亨 ははっとしたように、鳴 り響 く古い曲のリズムをとるのをやめた。
「懐 かしい」
にっこりとして、亨 はなぜか言い訳をした。いい時代やったらしい。バブル。踊 り狂 う酔 った男や女の首から、少々血を吸うてもバレへん。べろんべろんやから。
俺はその話にもちょっと衝撃 を受けていた。だってこいつは夜遊びなんかしたことないんやで。俺と住むようになってから、夜はずっと家に居 るし、遊んでるとこなんか見たことない。
でも実は、そっちのほうが仮 の姿なんやないかと、すごく嫌な予感がしたわ。
ありえる話や、こんなエロエロ妖怪 なんやから。
すみやかに忘れよう。そんなん気にしてたらキリがない。太刀筋 が鈍 る。これからこのフロアにいる骸骨 を、俺はひとりで全部やっつけなあかん。
頼 むで水煙 と、俺は剣の相方 に語りかけていた。
さすがお高い水煙 は、エロくさい骨の踊 りなんぞに興味 はないわという様子やった。
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