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17-10 アキヒコ

 神楽(かぐら)さんは骨のフロアを中央突破(ちゅうおうとっぱ)して、さっさと怪我人(けがにん)を助けに行っていた。  それもさすがと言うべきか、神父様はやめたけど、お医者様はやめてへん。 「(とおる)神楽(かぐら)さんについといてやれ!」 「ええ!? やっぱそうなん? (いや)やで俺は!」  うるさい。(とおる)やのうて部屋が。仕方(しかた)なく俺は(とおる)怒鳴(どな)り合っていた。  後は(まか)せたと思ったんか、電話の男、DJ湊川(みなとがわ)は、めちゃくちゃうるさい音楽の音量をさらに上げていた。もはや聴くというより、体にびりびり音が(ひび)いてくるような状態や。  難聴(なんちょう)なりそう。俺はうるさいのは(きら)いやねん。  ようこんな結婚式するわ。元々用意してあったんやろ。いくら異界(いかい)や言うたかて、突然ダンスフロアとDJブース出てくるわけないもんな。  踊るつもりやったんや、披露宴(ひろうえん)で。世の中いろんな人いてる。  見れば花嫁は少々(とし)を食っていた。こう言うたらなんやけど、若いカップルではなかった。あと二十年くらい若いほうが、しっくり来る絵なんやないかと、俺には思えた。  その二十年や。震災(しんさい)から二十余年(にじゅうよねん)。  このカップルは震災(しんさい)の前夜、結婚の前祝いとして友達を集め、地元のクラブを借り切って、ダンスパーティーを開いてた。  踊る人らやったんや。友達はみんなダンス仲間。一晩踊りに踊ろうかというネタで、踊りに踊ってその瞬間が来た。  ぐらっと()れて、天井が落ちてきた。仲良し仲間はみんなで仲良く生き埋めやった。  そのダンスフロアはビルの地下。大勢死んだ。  この結婚は呪われている。友達の(しかばね)を越えてまで、ハッピーエンドに持ち込むべきやないと、二十年も思いとどまって、それでも好きやとご成婚(せいこん)やったんや。  生き残っていた友達は、みんな祝福(しゅくふく)してくれた。  そやけど死んでいたお友達は、ちょっと微妙(びみょう)やったらしい。  船には骨が現れた。また一緒に踊ろうよと、(なつ)かしい面子(めんつ)を連れて行こうとした。異界(いかい)へ。死んだ者だけが行く、(となり)の世界へ。  そこへは死なんと行かれへん。  ほんなら死ねばと、それが死者の意見。死ぬのは嫌やと、それが生者の意見。  どうして踊らないのと、俺は踊る女の骨に()かれた。  いけてる骨盤(こつばん)。生きてる時には美しいお姉さんやったんやろか。踊る姿は骨になってもどこかしら淫靡(いんび)で、それを()るのは気が引けた。  死者にも踊る権利ぐらいはあるんやないか。誰も殺さへんのやったら。  しかし中には普通でないのが混ざってた。明らかに体術(たいじゅつ)を使う。見たことないような格闘技(かくとうぎ)で、俺はそいつに殺されそうやと思った。  踊るように舞い、(するど)い武器のような(つめ)爪先(つまさき)で、喉元(のどもと)めがけて()きや()りを食らわしてくる。まさに死の舞踏(ぶとう)。  踊る危険な骸骨(がいこつ)は、鳴り響く音楽に合わせてリズムをとっていた。  時々そいつはなにか話したけども、俺には意味がわからへん。耳慣(みみな)れへん外国語やった。  神戸やからな、そんな奴かて()るんやろうと、俺はその時には深く考えへんかった。そんな余裕はなかったんや。相手はめちゃくちゃ手練(てだ)れやし、やられへんようにするだけで必死やで。  (ちゅう)に舞うみたいな(あざ)やかな回し()りを、そいつが()り出し、水煙(すいえん)はそれを()り捨てた。  骨と切り結ぶ刃が通り抜けるまでの間、骸骨(がいこつ)はけたけた笑い、そして(はい)となって消え失せながら、まだ消え残る骨の手で、俺の(ほほ)をざっくり()いていった。  痛え! まじで痛いで。治ると言うても、痛いもんは痛い。外道(げどう)になっても、痛みまでは消えてへん。  ううっと(うめ)いて、俺は血の出た(ほほ)を押さえた。骨に殴りつけられた衝撃(しょうげき)で、頭もさらにクラッと来てた。  音楽うるさい。それに飛び散った俺の血に、残った他の骸骨(がいこつ)どもが、目の色変えて踊るのをやめていた。  目はない。もう、暗い眼窩(がんか)があるだけで。  俺の血って、(とおる)美味(うま)いというけども、そんなに美味(うま)いもんなんか。踊り狂う骸骨(がいこつ)が、踊るのを忘れるほどにか。  やばいと思った瞬間にはもう、十や十五はいる骸骨(がいこつ)の姉ちゃんたちが、わっと一気に殺到(さっとう)してきた。  勘弁(かんべん)してくれ、骨だけやないか。肉が付いてればまだしもや。骨にモテても仕方ない。人魚(にんぎょ)に続く第二弾、モテても(むな)しいシリーズや。  んなこと言うてる場合やない。()()れと、水煙(すいえん)景気(けいき)よく俺に怒鳴(どな)った。  甘い甘いと水煙(すいえん)は骨を(なじ)った。ただの死んだ女の分際(ぶんざい)で、うちのジュニアの血を()めようなんて、そんな美味(おい)しい話があるか。舌もないのに生意気(なまいき)やと、ばっさばっさ()った。  もう自分が剣を()るっているのか、水煙(すいえん)が俺を()るってるのか、あまりの速さで分からへん。  よう動けたなと思う。これも新開(しんかい)師匠(ししょう)の鬼の教えのたまものか。  こう来たらこう動く、こう()ってこう()けるみたいなのが、考えなくても体に()み付いている。  もともとそれは、()み付いてたんかもしれへん。餓鬼(がき)のころに(かよ)った時にも、師範(しはん)は俺をびしびしシゴいてた。生傷(なまきず)だらけで戻ってくる俺を見て、おかんはよう怒ってたもんやった。  それでも俺は楽しかったんや。たぶん剣道が好きやった。

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