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17-11 アキヒコ

 無心(むしん)になって剣を()るうと、頭がすうっとクリアになって、心が静まりかえる。それでいて熱く燃える。その感覚が気持ちよくて、(くせ)になりそう。  俺もやジュニアと、水煙(すいえん)が舌なめずりする声で俺に教えた。(くせ)になりそう。  あたかも剣と一体のノリで、俺は高速の殺陣(たて)の中にいた。  ああもうひと()きと、(あえ)ぐがごとくの水煙(すいえん)の声がして、俺は飛びつく勢いできた骸骨(がいこつ)の、頭のど真ん中を()()した。  それは灰となって飛び散って、水煙(すいえん)はもう(たま)らんと言った。  熱く燃えてる。ひさかたぶりで。ぬるい敵やけど、それでも(いと)しい骨どもや。お前らのおかげでアキちゃんと、また一体になれる。褒美(ほうび)に食わんといてやるし、黄泉(よみ)(もど)って転生(てんせい)するがいい。死の舞踏(ぶとう)はもうやめや。  (さと)水煙(すいえん)にひるむ様子で、残る骸骨(がいこつ)()れは寄り集まって俺を警戒(けいかい)していた。  (ほほ)の傷口は、いつの間にやら閉じていた。もう治ってもうたんやろう。血はもう()められへん。どうせ舌もないしな。  それでも()らなあかんのか。  俺は水煙(すいえん)(たず)ねた。  ()ってやれジュニアと、水煙(すいえん)は俺に命じた。  こいつらは、死の舞踏(ぶとう)や。(なまず)(とら)われ(あやつ)られている亡者(もうじゃ)どもや。()られたほうがええねん。そのほうがまた転生(てんせい)できる。鬼ではない。ただの死者やと。  死の舞踏(ぶとう)。そして(なまず)。それはどういう神なんやろ。それこそ悪魔(サタン)やないのか。地震(じしん)起こして、何の罪もない人々を殺す。やっつけなあかん神や。  気の毒にこの人らは一度死んでる。そしてまた二度までも、俺に()られて死ぬ羽目(はめ)になったんやないか。なんの悪さもまだしていない。昔なじみの友達を、連れて行こうとはしたけども、殺していない。まだやってへん。神楽(かぐら)さんが助けた。それでも()られなあかんのか。  泣いて()れジュニア、それがお前の仕事やと、水煙(すいえん)は言った。  それが血筋(ちすじ)(さだ)めや。お前が止めへんかったら、こいつらはまた現れる。今度こそ生者(せいじゃ)を連れていくやろう。(なまず)のところへ。  ()らねば()られる、それが剣の道やで。  お前がお前のおとんから、俺を受け継いだ時から、その道の続きを歩くことに決まってた。(いや)なら俺を()てるしかない。  どうするジュニア。()ててもええんやで。そして家からトンズラこいて、どことも知れない地の果てで、俺から逃げて生きていけ。  それは負け犬の一生や。それでもお前が、それで幸せなんやったら、俺は別にかまへんのやで。  戦えと、結局水煙(すいえん)はそう話してた。剣を()てたら負け犬で、お前はその一生から永遠に(のが)れられへん。死なれへんのやから。永遠に逃げ続けることになる。  そんな一生、(いや)やろう、(たま)らんやろと、水煙(すいえん)は俺を(さそ)う声やった。  こいつは結局、剣やねん。それは、ものを()る道具や。それと愛し合ったら、()り続けるしかない。()って()って()りまくるしかないやんか。こいつはそれが好きなんやから。それ以外では燃えへんのやから。  俺も結局、それが好きやねん。逃げようという気は、全然してへんかった。  俺にとっては、秋津(あきつ)の家が世界の全て。そういうふうに生きてきた。  そこから(のが)れようとしても、結局それを愛してる。そんな自分の心から、どうやって逃げ隠れできるやろ。  (のろ)われた血や。でもしょうがない。それが血筋(ちすじ)(さだ)めや。  俺は剣を(かま)えて、逃げまどう骸骨(がいこつ)をひとつひとつ()り捨てた。  音楽はガンガン鳴っていた。(おど)るようなリズムに()れて、人でなしのDJが盤上(ばんじょう)操作(そうさ)する指を走らせていた。  その声が俺を()めていた。まるで鬼やと。まるで人でなしの鬼。最高にイケてると。  俺はその(はや)す声に、最高にむかついていた。()きそう。これって船酔(ふなよ)い? それともあの男が最高に胸糞(むなくそ)悪いだけか。  最後の骸骨(がいこつ)は、そいつに助けを求めるように、俺に追われてDJブースに逃げた。でかいデスクみたいにも見える、その機械に(すが)り付く骨を、俺は背中から()った。  手応(てごた)えらしい手応(てごた)えはない。灰のように散る。(ちり)(かたまり)()りつけたみたいに、()(さき)はあっけなく通り過ぎ、DJブースにも()()さった。  しかしそれにも手応(てごた)えはない。水煙(すいえん)(れい)しか()れない剣や。(となり)位相(いそう)()ると言うてた。せやから()れるのは骨と、そしてDJブースに居た人でなしだけ。  剣の()ぐ風が、男の白い鼻筋に吹き付けたようやった。目を見開いた顔で、湊川(みなとがわ)はにやりとした。その風刃(ふうじん)に小さく(ひたい)()けて、たらりと赤い血が一滴(いってき)、その整った鼻梁(びりょう)を流れ落ちた。  その自分の血を、男は舌を出してぺろりと()めた。じっと俺を見ながら。  酷薄(こくはく)そうな顔やった。人が死んでも、骨が死んでも、自分が死んでもかまへんみたいな。 「お見事(みごと)、先生。幸せな骨や。一度ならず二度までも、(おど)りながら死んだ」  手に持っていた煙草(たばこ)(くわ)えて吹かし、男は小さく(おど)るように身悶(みもだ)えた。そして()けた(ひたい)煙草(たばこ)(はさ)んだ指で()で上げた。  それだけで、傷は消えていた。こいつは人やない。 「先生の、(しき)になろうかな。少々(しび)れたわ」  こっちを(なが)め、目を(すが)めて笑う男の顔を、俺はじっと見つめ返した。

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