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17-12 アキヒコ

 美貌(びぼう)というならそうかもしれへん。(とら)かて顔はいい。こいつも針のようやけど、(するど)美貌(びぼう)をしてた。力のある式神(しきがみ)は、たぶん皆、その力に見合う美しい姿をしてるんやろう。  湊川(みなとがわ)長髪(ちょうはつ)の男やった。細い茶色の髪を肩の辺りまで伸ばしてて、耳にはピアス。白シャツに、ビンテージっぽいジーンズ。手首と指にも銀をじゃらじゃら帯びている。  それも髑髏(どくろ)のモチーフやった。(とら)信太(しんた)が確かこれと、同じ物をしてた。  あいつには好みなんやろ。こういうのが。鳥さんも髪長い。あんなふうにナヨくもアホそうでもないが、静かな美貌(びぼう)や、(ひん)もあるし、頭も良さそう。  しかしこいつは、俺の好みではない。ストライクゾーンを(はず)してる。  人の死を、笑って(なが)める奴は、俺は嫌いや。 「()らん、うちはもう、定員オーバーや」  俺が(こば)むと、男はにやりと、また目を細めた。 「そうです? あと一人くらいいけるやろ。あの(へび)ちゃんと、その(かたな)と、それだけなんやろ。まさか神父も()うてんの?」 「()うてへん。人を()えるわけないやろ」  淫靡(いんび)に言われた想像にむかついて、俺は(うな)るような口調で言った。 「そうやろか……」  薄く笑って、湊川(みなとがわ)は同意はせんかった。 「()うてる(やつ)もいますよ。この世の中、なんでもありや。なんでもあり。欲にかられて鬼ばっかりや。それが面白(おもしろ)うて、メディアのばらまく他人(ひと)の不幸に釘付(くぎづ)けなってる鬼もおるでしょう。なんで先生が鬼やったらあかんの。やりたいようにやったらええやん。抱きたい(やつ)は抱いたらええやん。(へび)もええけど、神父も美味(うま)そう、鳥もええなあって、そんな感じでしょ?」  笑って(おど)りながら、湊川(みなとがわ)は俺に話した。  ものすごい音量で流れる曲のまっただ中やのに、こいつの声はクリアに聞こえる。たぶん普通の声ではないんやろ。 「信太(しんた)が言うてた。先生、寛太(かんた)に気があるって。(こま)ったなあって。ええやん別に、何も(こま)ることない。一晩(ひとばん)貸してやればええやん。前は誰にでも貸してたで。三人でやったこともある。それが何で急に(いや)やねん。鳥さんラブラブ、イカレてもうてな、頭おかしい」  何がおかしいんや。あいつは鳥さんに()れてるだけやろ。そんな相手を誰にでも貸す奴()るか。俺なら発狂(はっきょう)するわ。 「おかしいのはお前の頭や」  俺は湊川(みなとがわ)の目を見て教えた。  何でかな、ほんまにイカレてる(やつ)には見えへん。どっちつかずで迷ってる。(やみ)()ちるか、光の中に出てくるか。  手を引いて、正しいほうに連れていけば、鬼にはならへん。悪魔(サタン)にも。  きっと美しい神になるやろって、そんな気のする(やつ)やねん。 「そうかなあ、先生。乱交(らんこう)します? ええよう、気持ちいい。誰彼(だれかれ)かまわずやりまくり。抱くもよし、抱かれるもよし、俺は両方いけますし、何やったら両方同時でも」  けらけら笑う()うたような目で、湊川(みなとがわ)は俺を(さそ)った。上品(じょうひん)そうな声なんやけど、言うてることは(ひん)がない。どっちやねんお前は。 「しいひん、そんなの。音楽止めろ。めちゃめちゃうるさい。怪我人(けがにん)連れ出してやらなあかん」  (くわ)煙草(たばこ)(おど)りつつ、湊川(みなとがわ)は面白そうに首を()り、そして盤上(ばんじょう)にあったバドワイザーを(びん)から飲んだ。  煙草(たばこ)(はさ)んだ指で持つ茶色のボトルに、窓から()し始めた港の(するど)い夏の()が、まばゆく()けて、俺は例の暗黒の(きり)が晴れ始めていることを(さと)った。 「もう、いない。怪我人(けがにん)は。神父様(ファーザー)が治した。あれも美味(うま)そうな血やな。逆さに(つる)して全部(しぼ)りたい」  流し目に、(ゆか)に座って泣く花嫁を(ひざ)(すが)らせて(なだ)めてる神楽(かぐら)さんを見て、湊川(みなとがわ)物欲(ものほ)しそうに言うた。 「お前も鬼なら()っていこうか?」  俺はちょっと本気で()いていた。湊川(みなとがわ)はそれに、可笑(おか)しそうに笑った。 「俺は鬼やないですよ。KISS(キス) FM(エフエム)のDJのお兄さんやで? 今日かて船上結婚式の取材で来たんやもん。皆、俺のことは人間やと思うてる。いきなり消えたらびっくりしますよ」  盤上(ばんじょう)に指をやり、まだ何か操作しようとする男にキレてきて、俺は怒鳴(どな)った。 「音楽止めろ!」  それだけで、音は止まった。何も(さわ)らへんのに、ぴたりと無音が始まって、急にしいんとした船室の中に、人の息遣(いきづか)いや、すすり泣く声のする静寂(せいじゃく)が立ちこめた。  湊川(みなとがわ)はそれに小さく口笛(くちぶえ)を吹き、探すと(とおる)は離れた壁に背をもたれさせ、退屈そうな渋面(じゅうめん)のまま腕組(うでぐ)みをしてた。  結婚式のために着飾っていた人たちは泣いていた。まるで葬式(そうしき)みたいに。  色とりどりの衣装は、(おど)るための服かもしれへん。今時もうボディコンでもないんやろけど、ダンス用の服やと思えた。  ひらひらのスカート。キラキラのラメにスパンコール。ダンスフロアの照明に()()える、そんな衣装や。  楽しく(おど)って、二十年遅れの結婚を祝おうって、そんな集まりやったんやろ。  俺はその派手(はで)な服の人らの趣向(しゅこう)がなにか、その時になってやっと、DJ湊川(みなとがわ)の口から聞いた。  この人ら、震災(しんさい)の生き残りのダンサーどもや。死に(ぞこ)ないの友達を骨が(むか)えに来た。  それでも死にたくないとこの人らは言う。なんで死んだらあかんのや。  助けてくれって逃げるんで、とりあえず助けたけども、なんで俺は助けたんやろ。  なんでもうババアになってんのに、結婚なんかするんやろ。  愛してるって何。愛とは何か、俺にはまだ分からへん。先生、教えてくれへんか。  湊川(みなとがわ)はその話を俺だけに聞こえる周波数(チャンネル)で話したと思う。

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