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三都幻妖夜話(3)神戸編 17-13 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
17-13 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
202 / 928
17-13 アキヒコ
囁
(
ささや
)
くような声やったし、それに
床
(
ゆか
)
で泣く気の毒な人らには聞こえていないようやった。
亨
(
とおる
)
も全く無反応。それにムッとしないような
奴
(
やつ
)
ではないのに。 言葉もなく、俺は首を
振
(
ふ
)
って、それを
拒
(
こば
)
んだ。お前に教える愛なんかない。 次から次に、そんなんばっかり出てきてもな、俺は
耐
(
た
)
えられへん。一人でええねん。愛し合う相手なんて。
亨
(
とおる
)
ひとりでいい。
抜
(
ぬ
)
き
身
(
み
)
の
水煙
(
すいえん
)
を
床
(
ゆか
)
に突き立てて、俺は
亨
(
とおる
)
のところへ行った。なんかもう、離れてるのがつらい気がして。 頭がくらくらする。気分も悪いし。俺は
不愉快
(
ふゆかい
)
で、どことなく気弱になってた。 そういう時に逃げていくのが
亨
(
とおる
)
のとこやというのが、いかにも自分勝手で
参
(
まい
)
る。
亨
(
とおる
)
がもたれる
隣
(
となり
)
の
壁
(
かべ
)
にもたれると、そこにも花は
飾
(
かざ
)
られていた。白とピンク。
嘘
(
うそ
)
くさいような
華
(
はな
)
やかさ。 でも結婚のお祝いやから、いくら
派手
(
はで
)
でも
華
(
はな
)
やかすぎるということはない。 「アキちゃん……俺は
要
(
い
)
らんかったな。
水煙
(
すいえん
)
居
(
お
)
れば足りてたな」 苦笑して言う
亨
(
とおる
)
の手を、俺は探して
握
(
にぎ
)
ってた。 「そんなことない。俺はお前が
居
(
お
)
らんと
駄目
(
だめ
)
や。頭痛い。なんか
吐
(
は
)
きそう。なんとかしてくれ
亨
(
とおる
)
」 俺が
嘆
(
なげ
)
くと、
亨
(
とおる
)
は笑った。
困
(
こま
)
ったように。 「
船酔
(
ふなよ
)
いかあ……それは治したことないなあ。神父に
頼
(
たの
)
めば?」
意地悪
(
いじわる
)
そうに
亨
(
とおる
)
はそう
勧
(
すす
)
めたが、俺は首を横に
振
(
ふ
)
ってた。
亨
(
とおる
)
に抱き寄せられながら。
亨
(
とおる
)
は背中に回してきた腕で、抱くようにゆっくり俺の背を
撫
(
な
)
でた。 「よしよし、アキちゃん、
可哀想
(
かわいそう
)
になあ。船に
酔
(
よ
)
うやなんて。なんでもないよ、
揺
(
ゆ
)
れてるだけや。海は皆のおかんやで。おかんに抱かれて、ゆらゆら
揺
(
ゆ
)
れてるんやと思えばええねん」 苦笑したように笑みを
含
(
ふく
)
んだ
声色
(
こわいろ
)
で言う
亨
(
とおる
)
の頭の中には、たぶん、うちのおかんが
居
(
お
)
ったやろ。お前はマザコン野郎やと、ちょっと皮肉を
効
(
き
)
かせたつもりなんや。 せやけどお前は俺を
誤解
(
ごかい
)
している。確かにそうや、おかん大好き。俺は救いようのないマザコン野郎やけども、この時はおかんのことは考えてへんかった。
亨
(
とおる
)
に抱かれてゆらゆら
揺
(
ゆ
)
れてる。かすかな波のローリングが感じられる。肩にもたれてそれを感じると、確かに心地いいような気がしなくもない。 でも離れてもうたら、また苦しいだけの波やで。船なんか嫌いや。どんな波でもお前と抱き合って揺れるんやったら、気持ちいいかもしれへんけど、一人やとつらい。一緒がええんや。 「ほんまにお前は、どうしようもない男やな。
水煙
(
すいえん
)
様と
相性
(
あいしょう
)
ぴったりみたいなのを、
選
(
よ
)
りに
選
(
よ
)
って、この俺のいる前で見せつけてくれたりして。どないなっとんねん、アキちゃんの脳の神経回路は」 ぼやく口調で優しく
咎
(
とが
)
めて、
亨
(
とおる
)
はそれでも俺の背を
撫
(
な
)
でていた。 悪い子ぉやわ、アキちゃんは。昔、おかんが、俺によくそう言うてた。ぼやくみたいに。ちょうど今の、
亨
(
とおる
)
みたいに。 おかんは優しい。怖いけど
綺麗
(
きれい
)
やし、俺がどんなに悪い子しても、結局は許してくれる。泣いて戻れば、抱いてよしよししてくれる。そんなんやからマザコンやめられへんねん。
亨
(
とおる
)
もそうかもしれへんかった。俺にとっては、おかんみたいなもん。 今となってはもう俺も、いくらなんでも、おかんには、弱音は
吐
(
は
)
かへん。二十一やで、ええ歳して、十やそこらの
餓鬼
(
がき
)
やない。 それでも弱い男やねん。ヘタレな
坊
(
ぼん
)
なんやからな、弱音
吐
(
は
)
きたい時もある。 そういう時に頭に浮かぶのは、なんでか
亨
(
とおる
)
の顔やねん。この白い手。白い腕。それに抱かれて甘えたい。そんなことを考えている。 マザコンより強い、
水地
(
みずち
)
亨
(
とおる
)
コンプレックス。
不治
(
ふち
)
の
病
(
やまい
)
や。しかも
症例
(
しょうれい
)
は世界に俺ひとりだけ。そうであって欲しいところや。 「
吐
(
は
)
くなよ……アキちゃん。なんか
嫌
(
いや
)
な予感すんで……」 俺を抱きながら、
亨
(
とおる
)
がいかにも
焦
(
あせ
)
ったように言った。 「
吐
(
は
)
かへん。
吐
(
は
)
きそうなだけや……」 俺の返事を聞いて、
亨
(
とおる
)
はびくっとした。 「
水煙
(
すいえん
)
、アキちゃん連れて戻るわ。
陸
(
おか
)
に返さな、こいつは
陸
(
おか
)
の生きモンらしいで。海は無理!」 俺の腕を引いて出ていく
亨
(
とおる
)
にビビったように、
水煙
(
すいえん
)
が
怒鳴
(
どな
)
った。もちろん声ではない声で。 アホか! 俺を置いていく気かと。 「泳いで帰れ」
亨
(
とおる
)
は、しれっとしてそんな事を答えてた。 泳げるわけないやん。歩かれへんのに。 それとも泳げんのかな、
水煙
(
すいえん
)
。 そういえば
水族館
(
すいぞくかん
)
で見た
人魚
(
にんぎょ
)
、何とはなしに
水煙
(
すいえん
)
と同じ系統に見えた。同じシリーズというか。イルカとクジラは同種族みたいな程度には近いような。 水煙て、もしかしたら、
陸
(
おか
)
に
這
(
は
)
い上がった
人魚
(
にんぎょ
)
か。だから歩かれへんのか。 でもお話の人魚姫は歩けてたで。足痛いだけで。ダンスもしていた。 ほんで王子様と結婚できひんで、あえなく海の
泡
(
あわ
)
に。そういう魔法がかかってるんや。確かそういう話や。 まさか
水煙
(
すいえん
)
も、そういう話やないやろな。 まさか
水煙
(
すいえん
)
とも結婚せなあかんとか、そういう事はないよな。それは重婚、というか、一夫多妻、というか。ハーレム状態。
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