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17-14 アキヒコ
連れて帰ってくれ、置いていくなジュニアと、水煙 が哀 れっぽく俺を呼んでた。
可哀想 やで。置いていかれへん。もしも無くしてもうたら大事 や、うちの伝家 の宝刀 なんやから。ご先祖様に申し訳ない。
水煙 、連れて帰らなあかんと、亨 に連れ去られつつ振り向くと、輝 く剣の前にDJ湊川 が立っていた。奴 は首を傾 げて、水煙 を不思議そうに眺 め、そしておもむろに柄 を握 った。
盗 るな。俺の水煙 。
一瞬そう焦 ったけど、別に盗 られた訳ではなかった。
湊川 は床 から剣を引き抜いて、颯爽 と見える足取りで、俺と亨 を追ってきた。
立 ち居 振 る舞 いの美しい奴 やった。それがラジオで働いてるなんて、宝の持ち腐 れ。声も確かに美声 やけども、どうせやったら顔や姿も見えてたほうがええのに。
港の陽光の下で奴 を見て、俺は結局そう思ってた。
これもまた美しい神や。そんなんばっかりや。
吐 き気 で自制心が薄くなってる。病気の時には誰にでも惚 れるという噂 は聞いたことあるけども、そういうのやったらどうしよう。
舷側 ごしに、湊川 は横付けして待っていた海パトの船上に立つ、水上警察 の徳田 さんを覗 き込 んだ。
「徳 さん、どうもですー。骨、やっつけたよ。もう船、港に着けても平気ですわ」
打って変わって、にこやかに、湊川 は徳田 さんに報告していた。
そして水煙 を指で吊 して、普通人 には見えへんようやと分かってるんか、ほっとした顔で見上げる徳田 さんの顔面 めがけ、すとんと落とした。
俺はそれを見て、一瞬吐 き気 を忘れたわ。自分の喉 がひっと鳴る小さな音が聞こえた気がする。
確かに水煙 は人は斬 れへん。そのはずや。勢い余って神楽 さんの体に刀身がめり込んだ時にも何ともなかった。
それでもわざわざ、人の顔めがけて剣を落としたことはない。
水煙 は声にならんような悲鳴をあげて、船縁 に足かけて立っているおっさんの顔を貫 き、そのまま体を貫通 してから、すとっと海パトの船底 に突き刺さって止まった。止まらな海まで落ちてまうと、水煙 は焦 ったらしい。
「ほんまか、怜司 。いやあ、助かったわ。どないなるかと。いくら変なモンが港に入らんようにするのが、水上警察 の仕事や言うても、相手が骨やと手も足も出えへんかなら」
串刺 しなったまま、徳田 さんは平和に安堵 のため息をついていた。
「こちらの本間 先生が、全部やっつけてくれたんや。感謝しといてくださいよ。うちの本家筋 の坊 やねん」
にこにこ教えて、湊川 はその笑みのまま俺を見た。
まるで、とっつきやすいイイ子みたいに見えた。
しかし、俺がそれに応 えないでいると、奴 はさらに、にやりとしたような本物の笑 みになった。
「ホテルまで送ってください、先生。ヴィラ北野 。そこで信太 と落ち合う約束やねん。生憎 仕事やけどな。俺も霊振会 に雇 われた」
「お前が何の仕事すんねん」
「パーティーのDJですよ。鯰 先生を囲 む会」
楽しみやなあという顔で言い、湊川 は海パトに飛び降りた。
そして徳田 さんと親しげに話した。不気味 やった。無愛想 というか、生まれて一度も笑ったこと無いようやった徳田 のおっさんが、湊川 には笑いかけていた。デレデレと。
それに応 える笑みで、湊川 は愛想 は良かったが、目が笑ってない。きっと誰にでもこうなんやと、俺には思えた。
役に立つ人間には優しい。きっとそんな神か鬼かや。
怜司 か、と、俺はぼんやり考えた。湊川 怜司 ?
人臭 い名前やな。それに、ファーストネーム交流か。案外、インターナショナルなオッサンなのか。なんせ神戸の水上警察の人やからなあ。
それとも、やっぱりアレかな。仲良しなんかな。すごく仲良し?
「アキちゃん……要 らんこと考えたらあかんで。もう定員オーバーやから、うちは。No More New One やで。新しいのはもう要 らん」
俺の肩を叩 いて、亨 がしみじみと言うた。
違う違う、そんなんやない。顔綺麗 やなと思って見てただけ。ほんまにそれだけ。
それで俺は亨 に、キリキリ歩けと引っ立てられて海パトに叩 き落とされ、水煙 にも、口を利 いてもらわれへんかった。
なんでやろ。何となく分かるけど。
神楽 さんは、なんとか花嫁を宥 め賺 して解放してもらい、いかにも元は神父らしく、新しく夫婦となった古いカップルの門出 を祝福 してやっていた。
結婚は神の御心 に適 うものらしい。せやから幸せになったらええんやと神楽 さんは保証 していた。
人にそんなん言うとらんとお前も頑張 れ。
神楽 さんは俺の顔色が最高に悪いのを見て、帰りは運転しましょうかと言った。
俺は自分の車を人に運転させたことはない。それでも、よろしくお願いしますと頼 んだ。だって事故ったら嫌 やから。それくらい不調やったんや。
神楽 さんは、何でか増えてる新しい一人に警戒感 たっぷりの引きつった笑みをして、それでも相手がにこにこ愛想 ええもんやから、さほど気にせず助手席に座らせていた。
そして俺は亨 と水煙 を左右に侍 らせ、後部座席で半分気絶してた。
海は俺を受け入れてない。船にはもう乗りたくない。なんか陸 まで揺 れてる気がする。
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