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三都幻妖夜話(3)神戸編 17-16 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
17-16 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
205 / 928
17-16 アキヒコ
水煙
(
すいえん
)
を見ただけで、
新開
(
しんかい
)
師匠には、それが分かったらしい。 ぱっと見普通やのに、
新開
(
しんかい
)
師匠も普通の人ではない。
水煙
(
すいえん
)
見えてるし、それに、その時俺が
纏
(
まと
)
っていた、死の
舞踏
(
ぶとう
)
を
斬
(
き
)
り捨てた灰の
名残
(
なごり
)
のようなもんも、
師範
(
しはん
)
には見て取れた。
小夜子
(
さよこ
)
さんにも、見えるんやろかと、俺は初めて、それを思った。 たとえば見えてんのか、他のモンは目に入らんような顔をして、
中西
(
なかにし
)
さんと話してる
神楽
(
かぐら
)
さんが、むらむら
赤薔薇
(
あかばら
)
にまとわりつかれているのとか、俺が抜き身のサーベルを、うろうろ持ち歩く男やということが。
小夜子
(
さよこ
)
さんは昔から、道場の運営にはノータッチやった。
稽古
(
けいこ
)
が終わると、おやつ食わしてくれる優しい奥さんで、
竹刀
(
しない
)
なんか
握
(
にぎ
)
ったこともない。 うちのおかんの
暴虐
(
ぼうぎゃく
)
で、道場に化けモン出るって悪い
噂
(
うわさ
)
をたてられた時にも、
小夜子
(
さよこ
)
さんはにこにこしていた。
門下生
(
もんかせい
)
が
激減
(
げきげん
)
してもうて
困
(
こま
)
ったやろけど、お
嬢
(
じょう
)
さんみたいな人で、これで神戸帰れるんやし
嬉
(
うれ
)
しいわあって、そんなのんきさやったんや。 お化けなんて、私には見えへんかったけど。皆、
臆病
(
おくびょう
)
な子ばっかりねえと、
小夜子
(
さよこ
)
さんは笑っていたような記憶がある。 つまり、
小夜子
(
さよこ
)
さんは普通の人なんやないか。それも相当
鈍
(
にぶ
)
い。
霊感
(
れいかん
)
ゼロみたいな、ゼロどころかマイナスみたいな。 見えてない。
恥
(
は
)
ずかしさ大爆発の、
神楽
(
かぐら
)
さんの
赤薔薇
(
あかばら
)
も。
水煙
(
すいえん
)
も。その他の様々な
怪異
(
かいい
)
も。
巫覡
(
ふげき
)
たちが歩いてる、
鬼道
(
きどう
)
の世界も。 「なんで、こんなとこ来はったんです?」 俺も小声で
師範
(
しはん
)
に
訊
(
き
)
いた。
新開
(
しんかい
)
師匠は苦笑していた。 「しゃあない。
喚
(
よ
)
ばれたんやもん。俺も
霊振会
(
れいしんかい
)
の会員さんやから」 「
嘘
(
うそ
)
やん……
師範
(
しはん
)
、そんなこと一言も言うてなかったやないですか」 俺は
恨
(
うら
)
んで話してた。 「そんなん、なんでいちいち言わなあかんのや。必要ないやろ。期待しとるで、新会員くん。肩の荷重いやろけど、お前ならやれる。本気出していかなあかんのやで」 にやにや
哀
(
あわ
)
れむような苦笑をして、
師範
(
しはん
)
は
亨
(
とおる
)
にめそめそ抱きつかれている俺の肩をぽんと
叩
(
たた
)
いた。
神楽
(
かぐら
)
さんは運転席に戻ってきそうもない。 ホテルの配車係の人がやってきて、なんとなく
燕尾服
(
えんびふく
)
を思わせる制服の黒も目に
鮮
(
あざ
)
やかな白手袋で、あたかもお屋敷の
執事
(
しつじ
)
か使用人、そんな感じのきりっとした低姿勢から、お車をお
預
(
あず
)
かりいたしましょうかと、にこかやに俺に聞いた。 俺はこの人の顔に見覚えないけど、向こうはこっちを憶えてる。これが俺の車やということを、憶えてたんやから。さすがプロ。 お願いしますと俺は
頼
(
たの
)
んで、車を明け渡すことにした。 助手席のドア開けて、
湊川
(
みなとがわ
)
怜司
(
れいじ
)
が降り立った。ふうんという薄い笑いでホテルの建物を見上げ、奴は
臭
(
にお
)
いを
嗅
(
か
)
ぐような顔つきをした。 「
外道
(
げどう
)
だらけやな、先生」 それが
好
(
この
)
ましいというような口ぶりやった。 視線
鋭
(
するど
)
い切れ長の目で、
湊川
(
みなとがわ
)
はいろいろ
眺
(
なが
)
めたようやった。
仲睦
(
なかむつ
)
まじい支配人と元神父。
小夜子
(
さよこ
)
さんと
新開
(
しんかい
)
師匠。エントランスの丸く
刈
(
か
)
られた鉢植えの常緑樹。そしてロビーに見える沢山の人影を。 そして、にやっと笑った。 「ええホテルやな。気に入ったわ。
信太
(
しんた
)
どこやろ」 親しげに名を呼ぶ口調は独り言めいていた。重そうな
鋲
(
びょう
)
と
鎖
(
チェーン
)
に飾られた低めのベルトに指をかけて、モデルみたいな軽快なリズムをとる足でロビーに消えた。 ちゃらちゃら銀の鳴る音が、いつまでも耳に残るような、残像めいた
余韻
(
よいん
)
のある
奴
(
やつ
)
やねん。 「
綺麗
(
きれい
)
な人やわあ……」 心底感心したというふうに、立ち去る
湊川
(
みなとがわ
)
を
眺
(
なが
)
め、
小夜子
(
さよこ
)
さんがほっぺたに片手をあてて、またため息ついていた。
保
(
も
)
たへんで、
小夜子
(
さよこ
)
さん。このホテル、入っていくつもりなんやったら、いちいち
綺麗
(
きれい
)
やわあ、そしてため息、みたいなんやってたら、何にもでけへんようになる。スルーせなあかん。美形がいてもスルー。 今やこのヴィラ
北野
(
きたの
)
は、まさに妖怪ホテルそのものの
様相
(
ようそう
)
で、
霊振会
(
れいしんかい
)
の貸し切りによる
巫覡
(
ふげき
)
とその
式神
(
しきがみ
)
どもとで、ほぼ
異界
(
いかい
)
みたいになっていた。 今日から
泊
(
と
)
まるという
新開
(
しんかい
)
夫妻を連れて、チェックインのためのフロントに行くと、顔を見るたび俺の胸がなぜかズキズキ痛む、例の
綺麗
(
きれい
)
なお姉さんがいて、美しい笑顔と完璧な接客により、書類に記入している
新開
(
しんかい
)
師匠の相手をしてくれた。 そうして住所と名前なんかを書き込む間にも、
小夜子
(
さよこ
)
さんは見てるこっちが笑えてくるぐらい、あの人
綺麗
(
きれい
)
やわあ、まあ、あの人も
綺麗
(
きれい
)
やわあ、まあまああの人も……みたいなため息地獄に
陥
(
おちい
)
っていた。
亨
(
とおる
)
はそれを、あんぐり
呆
(
あき
)
れて見てた。
水煙
(
すいえん
)
は、ひさかたぶりに燃えたのに、よっぽど満足してたんか、剣のままやったけど、俺の手に戻り、ぐうぐう寝てるみたいやった。その、満ち足りた寝息のようなもんを、俺はなんとなく感じてた。 ここは、普通の世界やない。 こんなとこに
泊
(
と
)
まって、
小夜子
(
さよこ
)
さんは平気かな。普通の人やのに。 「
綺麗
(
きれい
)
やわあ。私ね、
憧
(
あこが
)
れてたんよ。ここに
泊
(
と
)
まるの。前々から良かったらしいんやけどね、改装されて、もっと良くなったみたいって、
宝塚
(
たからづか
)
で会った
観劇
(
かんげき
)
仲間の子が言うてたの。それでいっぺん
泊
(
と
)
まってみたくてね……まさか
浩一
(
こういち
)
さんが、連れてきてくれるなんて、
嘘
(
うそ
)
みたいやわあ」
嬉
(
うれ
)
しそうに
頬
(
ほほ
)
染
(
そ
)
めて、
小夜子
(
さよこ
)
さんは俺に話した。 それに俺は、なんと言うてええやら分からず、ただ
曖昧
(
あいまい
)
な苦笑をしただけやった。
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椎堂かおる
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