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17-18 アキヒコ

 しかしうちの(とおる)がですね、それを(ゆる)さん(かま)えやった。  つかつかと、(やつ)らの座るソファへ行き、まだまだエサをやりますよ的なディープキスに入ってる(とら)のキンキラ頭を、ピシャーンみたいに力一杯(ちからいっぱい)(たた)いてた。  びっくりしたやろな、(たた)かれたほうは。うわあ言うてたわ。ええ気味(きみ)やった。  そんなんしたらあかんでと、(とおる)(いさ)めるべきとこかもしれへんけどな、まあええか(とら)の頭やし。ちょっと(たた)いたくらいで何ともならへんやろ。  平気平気、強いから。 「何やっとんねんお前というやつは」  (あき)()てたよという口調で、(とおる)(とら)を責めていた。  お前にはそれを責める権利があるつもりなんか。お前もそいつと仲良うしてきたことあったくせに。 「何や、(とおる)ちゃん。びっくりするやないか。頭どつく前に声かけてくれ」  (たた)かれた頭を()でながら、(とら)(とおる)(うら)めしそうに見上げていた。 「何ややないよ、これは何やねん。鳥さんというものがありながら、こいつはお前の何やねん、信太(しんた)」  湊川(みなとがわ)をビシビシ指差しながら、(とおる)は説教する声や。  (とら)信太(しんた)はそれに情け無さそうな顔をした。まるで(よめ)浮気(うわき)がバレてもうた旦那(だんな)みたいやった。 「何ってツレやないか。お前ら、もう()うたんやろ。怜司(れいじ)がそう言うとうで」  わいわいがやがや話してる奴らのほうへ、俺も一応顔出した。ほっといて部屋帰るわけにもいかへんしな。 「鳥さん、お前もなんか言え。ぼけっと見てへんと! 何か言うことあるやろ!」  (とおる)に説教されて、鳥さんは急に(あわ)てたような、(まゆ)寄せた悩む顔をした。 「何かって……何? あっ、そうか!」  分かったという顔をして、鳥さんはにっこり(とら)を見た。 「俺もキスしてほしい、兄貴(あにき)」  にこにこ可愛(かわ)いようなアホの鳥を見て、(とら)はデレデレしていた。 「そうかそうか、ついでやし寛太(かんた)もしよか」  そうして遠慮無く鳥ともキスする(とら)を見て、(とおる)はぐったり来てた。  言うだけ無駄(むだ)やって。鳥さん、アホやねんから、もう、(あきら)めろ。  そいつらに関与(かんよ)するのは、極力(きょくりょく)()けろ。何の(えん)も義理もない。赤の他人、というか、赤の人でなし。蔦子(つたこ)さんの式神(しきがみ)なんやから、本家とは関わり合いがない。  ()してお前は今はもう、ほんまに赤の他人なんやから。 「寛太(かんた)、次は俺としよか」  うっとり淫靡(いんび)なように(さそ)う声で言い、湊川(みなとがわ)(とら)が離した鳥さんの(うなじ)に手をかけた。  さあキスしよかという、いかにも()れた仕草(しぐさ)やった。 「あかんねん、怜司(れいじ)。もう、したらあかんのやで」  ぼけっとにこやかに、鳥さんは湊川(みなとがわ)に説明していた。 「何があかんのや」 「もう、信太(しんた)兄貴(あにき)としかせえへんねん、キスも、アレも」  有り難いというか神々(こうごう)しいというか、底抜けにアホみたいな微笑を浮かべ、鳥さんは人懐(ひとなつ)こくそう断っていた。  それに湊川(みなとがわ)は、品良く怜悧(れいり)な顔を(ゆが)めて、はぁ? みたいなリアクションやった。 「マジか。そんなアホな。お前、キスは俺のほうが上手(うま)いって、いつも言うとうやんか」 「そうや」  即答(そうくとう)してる鳥さんに、(とら)は今すぐ絶命(ぜつめい)しそうな顔をした。ざまあみろ。 「でもな、そういう問題やないねん。愛やねん、怜司(れいじ)」  後光(ごこう)()してきそうな顔で、鳥さんは話してた。  それにDJのお兄さんはさらに顔を(ゆが)めて言った。 「なにそれ、愛?」  まるで、初めて聞くけど、それは何、みたいな口調やったわ。 「わからへん」  にっこり笑って鳥さんは即答(そくとう)やった。一瞬前に深く(うなず)いていた(とおる)は、次のこの瞬間にはもうコケそうになっていた。  ほらな。真面目(まじめ)に取り()うたらあかんねん、この鳥さんは。  俺はそう直感してる。(さと)して分かる相手やないんやって。 「怜司(れいじ)のこと、好きやけどな、信太(しんた)兄貴(あにき)としか、したないねん。それやと、あかん? 俺のこと、嫌いになるか?」  ちょっと(こま)ったなあって顔して(たず)ねる鳥さんに、湊川(みなとがわ)はものすごい渋面(じゅうめん)をした。とにかく不満ということが、何も言わんでも(くわ)しく分かるような表情やった。  それを浮かべた美貌(びぼう)(わき)に置き、信太(しんた)()れるというより、ほとほと自分が情けないというような(つら)をしていた。  ()ずかしいんやろ。こっちはこっちで、それを(こら)える渋面(じゅうめん)やった。 「嫌いには、ならへんけど。つまらんわ……」  すねたように答える湊川(みなとがわ)は、向かっ腹でも立つように、長いため息をつき、(せつ)なそうやった。  それがちょっと可愛(かわい)げあると、俺は思ったが、それについては、考えたらあかんコースにつき、脳内削除。うちはもう満員。満員やからな。 「お前も誰かと愛し合ったらええやん」  信太(しんた)がそんな代案(だいあん)を出していた。ほとんど言い訳みたいなもんや。 「誰と。信太(しんた)と?」 「いやいや、それやと何の解決にもなってへんから。誰でもええから他の(やつ)と」  (とら)みたいなキンキラの頭をがしがし()いて、(とら)(こま)ってるようやった。  まんざらでもないらしい。なんて多情(たじょう)(やつ)や。俺も人のことを(ののし)れる立場ではないけどもや。

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