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17-19 アキヒコ

「他のって……」  組んだ(ひざ)の上に(ひじ)をつき、長い指を(あご)に添えた姿勢で、湊川(みなとがわ)相当(そうとう)深く考えていた。  頭の中で何を検索(けんさく)してるのか、考えると怖い。めちゃめちゃ長いらしいリストを上から下までサーチしたという気配のあと、眉根(まゆね)を寄せて閉じていた目をゆっくりと開き、(やつ)は俺を見た。  えっ。俺? なんで俺?  思わず(にら)み合う俺と湊川(みなとがわ)の視線の交錯(こうさく)の意味に、一瞬遅れて気がついたらしい(とおる)がはっとして、俺をくるりと裏返し、背を向けさせた。 「あかんあかん。見るのもあかん。俺のモンやからアキちゃんは。今は本家(ほんけ)は新規募集してないからね、式神(しきがみ)(ことわ)り」  きっぱり首を()って(こば)み、(とおる)は、それはありえへんからという作り笑いを見せていた。 「そうかなあ。絶対的に足りてへんで、秋津(あきつ)家は。有事(ゆうじ)に備えて戦力増強しとかへんかったら、えらい目にあうで。今や兵力()き果てて、(あわ)れお高き水煙(すいえん)様も、涙ぐましき孤軍奮闘(こぐんふんとう)やないか?」  講談(こうだん)みたいな名調子(めいちょうし)で、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)はにやにや言うた。  寝ててよかったわ、水煙(すいえん)。絶対バトルになってたと思う。なんやそんな敵意があったで。  実はけっこう(とし)食うてんのかな、この式神(しきがみ)も。人でなしの(とし)なんか、俺にはさっぱり分からへん。  そやけど水煙(すいえん)と何かあるというんやったら、それは水煙(すいえん)がうちのおとんと従軍(じゅうぐん)するより前のことやろうから、少なくとも第二次世界大戦よりも昔なんやで。  見た目には、湊川(みなとがわ)はそんな(とし)には全く見えへん。いってて二十五かそこら。(とおる)よりは年上やろうという見かけなんやけど、でも()()めれば年齢不詳(ねんれいふしょう)やった。式神(しきがみ)はみんなそうや。 「抱いてくれたら(つか)えてもええけど」  笑う声して、でも本気らしく湊川(みなとがわ)は俺に呼びかけた。  それに(とおる)はびくっとしてた。 「絶対ないから!」  腕を(から)めてきて、(とおる)は俺をせしめるように(すが)りつき、なんでか必死の声やった。  なんでそんな必死やねん。あるわけないやんか、そんな交渉(こうしょう)に俺が乗る訳がない。  だってお前が()るんやし、他のと寝るわけないやんか。 「やめとけ怜司(れいじ)本間(ほんま)先生は。蔦子(つたこ)さんに声かけられてるんやろ、よそへ行くなら、そっちをちゃんと(ことわ)ってからが(すじ)やろう」  やんわりと、信太(しんた)は組まれた湊川(みなとがわ)の長い(あし)(もも)(たた)く手で()れ、そうたしなめた。  湊川(みなとがわ)はなにも答えずにやにやしてたけど、特に反論(はんろん)しいひんかった。 「決めかねる。蔦子(つたこ)さんは悪うないけど、本家の(ぼん)のほうが力が強い。力というなら、蔦子(つたこ)さんより竜太郎(りゅうたろう)のほうがイケてるらしい。でも俺は餓鬼(がき)は好かんのや。本間(ほんま)先生のがいい。でもまあ、ほんまのこと言うたらな、お前のおとんのほうが良かったわ。暁彦(あきひこ)様は相当(そうとう)イケてた。でも俺は水煙(すいえん)相性(あいしょう)悪うてな、水煙(すいえん)と仲良うできへん(しき)()らんて、()られてもうたんや」  それが痛恨(つうこん)(きわ)みという顔で、湊川(みなとがわ)煙草(たばこ)を出してきた。  口に(くわ)えたそれに、鳥が指に(とも)した火を差し出してやり、ちょっとは(やさ)しいような笑みをして、湊川(みなとがわ)はそこから点火した。  ありがとう寛太(かんた)と、甘いような小声で言って、それににっこりした鳥に微笑(ほほえ)み返してやってから、湊川(みなとがわ)はまた話を()いだ。すでにもう、冷たいような、人の悪いにやにや笑いに戻った顔で。 「でもな、秋津(あきつ)に行かんでよかったわ。もし行ってたら俺も、とっくの昔に海の藻屑(もくず)になっとうで。聴けてよかったわ、玉音放送(ぎょくおんほうそう)。命あっての物種(ものだね)や。暁彦(あきひこ)様にイカレてもうて、使い(つぶ)されたら(かな)わんからな」 「そんなことない。お前も本家(ほんけ)(つか)えていたら、喜んで()()にしてた」  信太(しんた)に言われて、湊川(みなとがわ)はしばし、真顔(まがお)でその()けたバターみたいな色の目と、じっと向き合っていた。 「そうやろか。そんなにええんか、暁彦(あきひこ)様は」  おとんを値踏(ねぶ)みするような、(みだ)らな口調でそう茶化(ちゃか)し、湊川(みなとがわ)は俺をまたむかっとさせてた。  信太(しんた)はそれにため息をつき、いつになく真面目(まじめ)に話した。 「そういう意味やない。巫覡(ふげき)(しき)との契約(けいやく)はそういうもんなんや」 「ほんなら信太(しんた)は、蔦子(つたこ)さんがそう命じれば、大喜びで死ねるんか」  ありえへんと言わんばかりの笑う声やった。  こいつには(あるじ)がおらんらしい。蔦子(つたこ)さんの(しき)やない。誰の式神(しきがみ)でもない。  通りすがりの魔物か鬼か、人に化けてる神威(しんい)の一人や。俺に会う前の(とおる)が、そうやったみたいに。  それを(あわ)れむような目で(なが)め、信太(しんた)は全然迷う様子のない声で、静かに答えてやっていた。 「死ねる。それに納得(なっとく)のいく理由があれば」 「アホみたい」  苛立(いらだつ)つ口調で言い返し、湊川(みなとがわ)はまだ吸いかけたところやった煙草(たばこ)を、ロビーのクリスタルの灰皿に押しつけて消した。  そしてまだ肺に残っていたらしい紫煙(しえん)を、ふうっと細く()き出した。  それは細かな()み目のような複雑な文様(もんよう)を、ヴィラ北野(きたの)のロビーの、赤茶に()られたドームのような、高い吹き抜け天井に描き出していた。  (いや)な話を聞いたという顔をして、湊川(みなとがわ)眉間(みけん)()んだ。 「仕事の話聞こか……」  やっと本題という、固い声で(うめ)き、湊川(みなとがわ)は話題を変えろと信太(しんた)に求めた。

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