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17-20 アキヒコ

 その様子を(はす)(なが)め、俺はちょっと思った。こいつは信太(しんた)が好きなんやないか。  ()れっぽいというか、気が多いというか、あいつもこいつも好きなんやろうけど、中でも目下(もっか)の本命は、もしかしたら(とら)なんやないかと、そんな予感がちょっとした。  だとしたら、ちょっと、ややこしい話やな。(とら)は鳥さんにメロメロやしな。  ()められたもんではないけども、深く悩まず三人でとか、皆で仲良く組んずほぐれつ、そんな無茶(むちゃ)な関係のほうが、こいつは幸せやったんかもしれへん。あからさまに()られるくらいやったらな。  おとんの事も、割と本気で好きやったんか。それでも水煙(すいえん)()()いつかずで敗退(はいたい)って、いったいどんな血も(こお)るようなドラマがあったんか。  やっぱり水煙(すいえん)て、全然(やさ)しくはない。おとんを(めぐ)って、あれやこれやの鞘当(さやあ)てが、式神(しきがみ)どうしの間にもあったんやろう。  それをくぐり抜けての生き残りなんや、あいつは。()めたらきっと怖い目に()う。  それに湊川(みなとがわ)が、俺でええかと思う理由って、絶対俺がおとんに酷似(こくじ)しているせいや。そうに決まってる。またその(のろ)いが発動(はつどう)や。  おのれ、おとん大明神(だいみょうじん)。いったいどこまで俺の人生を()みにじる気や。  おとん死んだし、こいつでええかみたいな(あつか)いされて、俺はめちゃめちゃ不愉快(ふゆかい)やしな。()らん、綺麗(きれい)なDJお兄さん。性悪(しょうわる)すぎる。  おとんはまだしも、(とら)が無理ならこいつでええか(てき)選択肢(せんたくし)として選ばれても、俺も(いや)やわ。俺が好きやで来るんやったら、考えんこともないけど。  いや。考えませんけど。たとえどういう経緯(けいい)でも、考えないですけども。 「本間(ほんま)先生、今日はどうも」  いきなりよそから声かけられて、俺はびくっとした。中西(なかにし)さんやった。  赤・金色・薄茶色みたいな髪した(やつ)らが座るソファの前で、何でか立ち話させられていた俺と(とおる)のところに、神楽(かぐら)さん連れたスーツ姿の支配人が現れて、信太(しんた)はそれに(うやうや)しく目礼(もくれい)してみせ、俺は答礼(とうれい)をした中西(なかにし)さんと向き合った。 「お話中、申し訳ありません。すぐ退散(たいさん)します。今日は本当にどうも、うちのがお世話になりまして」  俺に頭を下げて、中西(なかにし)さんは礼を()べた。  神楽(かぐら)さんからはまだ一言も聞いてへんけどなと、俺は(うら)めしく、スーツの後ろでうっとりきてる初心(うぶ)な神父を見た。  あんたはもう、ほんまに、もうあかん。()れてなさすぎ、恋愛に。中学生みたいやで。夢中(むちゅう)になりすぎ。  それもしゃあないやろけど、この人の経歴を(さっ)するに。この年なるまで、誰かと恋愛したことないんやろけど。  正直ちょっと、(うらや)ましい。(とおる)が俺に、そんなふうやったらええのに。無い物ねだりやなあ。言うてもしゃあない、(とおる)については。 「後日(ごじつ)、きちんとお礼はいたしますので」  余裕たっぷりの大人の笑みで言い、中西(なかにし)さんは去る気配やった。 「待って。俺らももう行くわ。別にこいつらに用はないねん。藪蛇(やぶへび)なってもうたら(こま)るしな、とっとと退散(たいさん)しよか、アキちゃん」  (とおる)はこのタイミングでとんずらしたいらしかった。たぶん、部屋でのんびり二人っきりになろうみたいな気分なんやろ。  それに笑って首を(かし)げた湊川(みなとがわ)は、中西(なかにし)支配人のことも、じいっと見た。値踏(ねぶみ)みするような目で。  こいつと寝たら気持ちいいかなと、そんな感じの(ねら)う目やった。  しかしそれには愛はない。好奇心(こうきしん)というか、なんというか。ただちょっと、食うてみたいだけ。  誰でもええねんな。確かに中西(なかにし)さんは男前やけど、それでもちょっと、おかしいで。  (とら)が好き、でも鳥さんも好き、おとん大明神(だいみょうじん)も好き、そのジュニアでも良し、通りすがりの支配人もイケてるな、そういえばそのツレの神父もいい味出してそうやって、誰でも良すぎやないか。  つらくないんか、そんな中身のない生き方してて。つらそうやったで、勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)は。  あいつも娑婆(しゃば)に舞い戻ったら、こいつみたいになるんやないかと、俺はちょっと怖くなってた。  勝呂(すぐろ)はあのまま、天使のままでいたほうが、ほんまは良かった。なのに俺のせいで、またえらい目に()うんやないか。(あるじ)のいない野良犬(のらいぬ)みたいに、ふらふら彷徨(さまよ)羽目(はめ)になるんやないか。 「ほな、またな、信太(しんた)無茶苦茶(むちゃくちゃ)したらあかんのやで。そのうちまたチェックしたるから、時々会いに来るんやで」  本気か冗談かわからん口調で、(とおる)信太(しんた)挨拶(あいさつ)をして、俺と腕を組んでいた。  さあ行こうという(とおる)の背に、鳥さんはひらひら手を振っていて、信太(しんた)は自分も煙草(たばこ)を吸うついでにやろか、それともご機嫌(きげん)とるためか、湊川(みなとがわ)にも新しい一本をくれてやっていた。 「会いに来んでも、ここに()るんや、(とおる)ちゃん。俺らもここに()まっとう。蔦子(つたこ)さんも、竜太郎(りゅうたろう)もや。いよいよ大詰(おおづ)めですわ」 「テレビないのに、蔦子(つたこ)さん平気なん?」  びっくりした顔で、(とおる)信太(しんた)(たず)ねた。 「いいや、キレとうで」  にやにや苦笑して、(とら)は答えた。  そういえば昨日、阪神タイガースはどうなったのか。

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