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18-2 トオル

「お(いそが)しいところを、またようお()しくださいまして、大司教(だいしきょう)様」  (もち)みたいな太った神父が蔦子(つたこ)さんの向かいに()った。  今日は正装(せいそう)でということか、大司教(だいしきょう)平服(へいふく)の黒い()(えり)やのうて、白服(しろふく)やった。  ケープのついた、赤紫の縁取(ふちど)りのある白い長衣(ちょうい)に、頭には赤紫の、(つば)のない丸帽子をかぶってる。腹に()めた幅広(はばひろ)の帯も、目にも(あざ)やかな赤紫。それは大司教(だいしきょう)の色や。  そして、その隣には()せた海原(かいばら)遊山(ゆうざん)が。これが大崎(おおさき)(しげる)やろう。その横に(きつね)秋尾(あきお)(ひか)えとるから、間違いないわ。  こっちは濃紺(のうこん)の和装やった。真っ白けに色抜けた白髪やけど、まだまだ精気(せいき)がみなぎっている。(あや)しい虹色(にじいろ)光輝(こうき)を帯びた目が、灰色のようにも見えるけど、よう分からん色してる。眼力(がんりき)のある(じじい)や。  (じじい)は一時じいっと俺を見た。たぶん、あの絵の(しき)やとでも思うてたんやろ。  何となく、物色(ぶっしょく)された気はするけども、俺は(じじい)は趣味やないから。お金持ちなら別やけど。大崎(おおさき)先生、お金持ちやけど。それでもアキちゃんのほうがええから。見んといて。  (きつね)はその横で、いつも通りのこんがり狐色(きつねいろ)のスーツ着て、丸眼鏡(まるめがね)の奥の糸目でにこにこしていた。それとも()でこういう顔なんか。どっちでもええわ。俺にはどうでもええ奴やから。  蔦子(つたこ)さんが席につくと、それで役者が(そろ)ったようやった。  テーブルに、指を組んだ両手を置いていた白服の大司教(だいしきょう)が、何から言うてええもんかなあという口調で口火(くちび)を切った。 「四日後だそうで」 「そのように出ております。こちらの(うらな)いには。そちらではいかがでしたやろか」  蔦子(つたこ)さんが聞くと、大司教(だいしきょう)(こま)ったような顔をした。 「こちらは占いはいたしませんので。ただ、夢に聖霊(せいれい)が現れる者が教会におりますので、その者の話にれば、本日この場で何かしらの奇跡(きせき)により、神が予兆(よちょう)をお与えになるだろうと……」 「夢占いとどう違うんですやろか」  蔦子(つたこ)さんは真顔で突っ込んでいた。それに(もち)は、さらに困った顔をした。  あのなあ、蔦子(つたこ)さん。キリスト教の人らは、占いしたらあかんことになっとんのや。知るべき未来があれば、神が天使をパシらせてお告げを伝えてくる仕様(しよう)やから、勝手に未来を()ようなんてことは、やったらあかんねん。ヴァチカンではな。  歌の文句にもあるやないか。The future's (ザフューチャーズ)not ours to see(ノットアワーズトゥシー), Que Sera Sera(ケセラセラ).(未来は人間が見るもんやない、なるようになるわ)ってな。占いは、敬虔(けいけん)なる信徒(しんと)がやることとしては、魔術的で不道徳(ふどうとく)()ずかしい事やねん。  ま、そんなん、未来を()るのが稼業(かぎょう)やという蔦子(つたこ)さんは、なんのこっちゃな話やろけどな。 「細かい部分の()り合わせは後日、私がします。要点からお願いします」  あたかも(もち)番兵(ばんぺい)かというノリで、太った白い僧服の陰から、神楽(かぐら)(よう)蔦子(つたこ)さんに()出口(でぐち)をきいた。  お前はほんまに、しゃしゃり出る男やなあ。()ずかしないんか、破戒(はかい)した身で、大司教(だいしきょう)様の(となり)()したりしてやな。(ばち)当たんで、この薔薇男(ばらおとこ)。  せやけどな、恥知らずという点で言えば、もっと上行くのは、藤堂(とうどう)(すぐる)。なんで()るの、藤堂(とうどう)さん。神楽(かぐら)(よう)(となり)には、なんでか藤堂(とうどう)さんが座っていた。  今や血を吸う外道(げどう)()ちた身でやな、()ずかしないんか、藤堂(とうどう)さん。大司教(だいしきょう)様の(となり)(となり)()したりして。  お前それでも元・敬虔(けいけん)な信徒か。(かみなり)に打たれて死ぬかもしれへんで。時々そういうことするからな、キリスト教の神さんは。ガラガラピシャーンで神罰(しんばつ)一撃(いちげき)やで。  やられたらええねん、ビリビリ来たらええねん。ほんまに(くや)しい。まさか神父が心配で、こんなとこまでくっついてきたんか。俺にはそんなんしたことなかったくせに。  神楽(かぐら)(よう)僧服(そうふく)は着ていなかった。戻ってきてから着替えたらしい。  何で着替えたんか(なぞ)や。たぶん風呂入ったんやろけど。なんで風呂入る必要があったんか、(きわ)めて遺憾(いかん)や。  きっと汗かいたからやろう。それ以上は(くわ)しく考えとうない。俺かて、ここ来る前に、アキちゃんと汗かいて風呂入ってから来たわ。負けるもんかやで。  とにかく、いかにも六甲(ろっこう)のお(ぼっ)ちゃんみたいな、(こん)のパンツに白シャツや。  テーブルの上にある左手の薬指には、もちろん金の指輪が光ってる。  せめてそれを大司教(だいしきょう)様から(かく)そうとは思わへんのか。この罰当たりめが! 「本日は最終的な打ち合わせということで、お呼び立てしましたんや。予知が当たれば、実質あと三日どす。本決まりの段取りやら分担やらを、決めとかなあかしまへん」  蔦子(つたこ)さんは、この会合(かいごう)を取り仕切っていた。アキちゃんの名代(みょうだい)やったからや。  ほんまやったらこれも全部、秋津(あきつ)当主(とうしゅ)がやるべきところなんやけども、アキちゃんはまだまだ若輩(じゃくはい)の身やということで、蔦子(つたこ)おばちゃまがやってくれてはるわけ。  アキちゃんは完璧(かんぺき)蚊帳(かや)の外やった。ついていかれへんよな。だって何も知らされてない。 「(なまず)、死の舞踏(ぶとう)。そして(りゅう)どす」  断言する蔦子(つたこ)さんの、黒いテーブルを見下ろす()()の顔を(なが)め、大崎(おおさき)(しげる)がやっと口を()いた。

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