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18-3 トオル
「やっぱり龍 なんか、お蔦 ちゃん」
お蔦 ちゃんやで。なんやそれ。親しげやなあ。
それもそのはずで、大崎 茂 と海道 蔦子 は幼馴染 みである。
おかんと蔦子 さんが幼馴染 みで、おかんと大崎 茂 も幼馴染 みなんやから、その三名はご幼少 のみぎりからの仲 やということや。
えらい年の差ついてる。片 や白髪 の爺 さん、片 や色っぽい熟女 やからな。
それは鬼道 における両者 の力量の差を物語っている。
蔦子 さんは今でこそ海道 蔦子 やけども、生まれは秋津 の分家 やねんし、分家 や言うても秋津 家は、親族間での結婚を繰 り返してきたお家柄。
実際の血の組成 という点では、実は本家 も分家 もあったもんやない。
蔦子 さんも、相当 に血が濃かったんやろな。たぶん、戸籍上 の歳 聞いたら、げって思うような婆 さんなんやで。
大崎 茂 でも、実年齢からしたら驚異的 な胆力 なんやろうけど、秋津 家の皆様は、さらにそのはるか上空を飛んでいる。
アキちゃんなんか、そのさらに上やから、ほとんど人工衛星 かUFO みたいなもんなんやで。頼 りないけどな、その割 に。
「龍 や、茂 ちゃん。それはもう、十中八九 間違いおへん。誰に占わせても龍 が出ますのや。今、うちの竜太郎 が、もっと詳 しいところまで視 ようとしてます」
険しい暗い顔をして、蔦子 さんはそれを報告していた。
竜太郎 の、姿を見てへん。ヴィラ北野 に泊 まっているという話やけども、その割には、愛しいアキ兄 のところにちっとも現れへん。
餓鬼 やからな、もう飽 きたんやろか。それとも、そんなことする暇 も惜 しんで、頑張 ってるということか。あいつには、でかい宿題出してあるからな。
「八月二十五日に、鯰 は起きる。いつかは分かりませんのや。この日から先の未来は、混沌 としてます。視 ようにも、なまじな術者 では視 えてきまへん。壁 があるようで。どう転 ぶか分からしまへんのや。せやけど竜太郎 は、龍 が淡路島 を食うと言うてます」
「島を?」
微 かにしかめた顔で、大崎 茂 は蔦子 さんに聞き返した。
それに蔦子 さんは、ゆっくり頷 いていた。
「海上に現れて、まず淡路島 を食うそうどす」
「それは、いつや?」
強い声で訊 く大崎 茂 に、蔦子 さんは涼 しげに答えた。
「分からしまへん。鯰 よりは後 え」
「そんな曖昧 ななぁ……もっと詳 しく視 られへんのか」
ぼやく大崎 茂 を、蔦子 さんはじろりと見つめた。
それに、さしもの会長さんも、ちょっとばかし気まずそうな顔になってた。怒らせてもうた、みたいなな。
どうもこの爺 さん、アキちゃんのおかんだけやのうて、お蔦 ちゃんにも頭上がらんみたいやな。どこまで秋津 家コンプレックスやねん。
つんと澄 ました女の子みたいな調子で、蔦子 さんは答えてた。
「そんな簡単なもんやおへん。ただの未来とは違うんどす。殻 に包まれたように中が見えにくい……今のところ、その中を見られるのは、竜太郎 だけどす」
「見えへんのか? お蔦 ちゃんにも?」
驚 いた声やった。大崎 茂 は、そんなアホなという顔で、蔦子 さんを見ていた。
「うちは視 まへん。視 んほうがええように思うんどす。そろそろ竜太郎 に家督 を譲 る支度 をせなあきまへん。あの子のほうが、きっと明るい未来を視 られるやろと思うんえ」
「そんな無責任な……」
呆 れたように、大崎 茂 はぼやいて見せた。
せやけど蔦子 さんは、それに全く取り合わへんかった。
「坊 、そこで折 り入 って頼 みがあります。竜太郎 に、あんたの水煙 を貸してやっておくれやす」
いきなり話を振 られて、アキちゃんはぽかんとしてた。
「うちも昔、あんたのお父さんから借 りたことがある。未来を視 るためや。その太刀 には、時の流れに打ち勝つための力がある。そやから水煙 の力を借 りれば、術者 の能力を超えた未来 も視 られるのや」
アキちゃんの膝 にある水煙 の、キラキラした刀身 を見つめて、蔦子 さんは話した。
水煙 は起きてんのか寝てんのか、ぜんぜん何にも答えへん。
特に異論 がないということなんやろか。それてもまさか寝こけてる?
起きとかなあかんよ、水煙 兄さん。めちゃめちゃ大事な話なってるよ?
「ただ、リスクもあります。うちは三年寝込んだ。体に悪おすなあ……」
徒 っぽい苦笑の顔で言う蔦子 さんを、大崎 茂 は腕組みをした渋面 で見つめてた。
アキちゃんも急に、難しい顔をして、膝 の上に転がしてあった水煙 の柄 を、やんわり握 り直していた。
「そやけどな、なんと言うても有事 どす。なにがしかの予知 ができて、それで有利に事の運ぶような備 えのできるものなんどしたら、命がけでも視 る価値はありますやろ。視 たかて結局 、何の意味もあらへんことかてありますやろけど、それでも視 てみるのが予知者 の務 めどすからなあ」
箱の中身は、蓋 開けるまでわからへん。中に何が入ってるのか。それがもしも、視 たら死ぬようなヤバいもんでも、視 るのが仕事なんやからと、それが海道 蔦子 流 。
そして、その跡目 を継 ごうという息子も、少々早いがそれをやれということらしい。
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