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三都幻妖夜話(3)神戸編 18-4 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
18-4 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
214 / 928
18-4 トオル
蔦子
(
つたこ
)
さんがやらせた
訳
(
わけ
)
やない。
竜太郎
(
りゅたろう
)
本人が、自分が
視
(
み
)
ると言うたんや。 なんでそんなことを中一ふぜいが
偉
(
えら
)
そうに言うのかは、今ここで
敢
(
あ
)
えて語るまでもないやろ。
竜太郎
(
りゅうたろう
)
はおかんより先に、その日の予知をしたかった。
蔦子
(
つたこ
)
さんは
視
(
み
)
るかもしれへん。もしも先に
視
(
み
)
させたら、
本間
(
ほんま
)
暁彦
(
あきひこ
)
の死を、ずばりと
予言
(
よげん
)
するかもしれへんからや。
蔦子
(
つたこ
)
さんは
水煙
(
すいえん
)
が言うように、
三都
(
さんと
)
随一
(
ずいいち
)
の予知能力者やった。未来を
視
(
み
)
る分野において、この人を
凌
(
しの
)
げる
巫覡
(
ふげき
)
はおらんと、
長
(
なが
)
らくそう思われていた。
蔦子
(
つたこ
)
さんはいろいろ正確に
予言
(
よげん
)
してきたらしい。しかしそれは
主
(
おも
)
に
悲劇
(
ひげき
)
の
予言
(
よげん
)
やった。カッサンドラやな。 知らんか、カッサンドラ。古代ギリシャのお姫様で、太陽神アポロンとええ仲になり、その恋人特典で予知能力を
授
(
さず
)
かったんやけど、うっかりその神さんと関係がもつれてもうて、別れ
際
(
ぎわ
)
の捨て台詞で呪われてもうた。 ほんで、
不吉
(
ふきつ
)
な未来ばっかり予言するようになり、皆さんに嫌われたという、
可哀想
(
かわいそう
)
な人やねん。 せやから、ネガティブな
予見
(
よけん
)
をする奴のことを、今でもカッサンドラと呼びます。 予知能力者にも
癖
(
くせ
)
があるらしい。楽天的とか悲観的とか、人にはそういう性格があるやんか。それと同じで、明るい未来ばっかり予知するやつと、暗いのばっかり
視
(
み
)
るやつと、そういう性質の個人差があるようなんや。
蔦子
(
つたこ
)
さんは、悪い予感ばっかりよう当たるという、そんな気の毒な予言者やった。 かつては
戦
(
いくさ
)
の動向を
占
(
うらの
)
うて、祖国の敗北を予感した。 大勢が焼かれて死ぬのを
視
(
み
)
てもうた。そして大好きやった
許嫁
(
いいなずけ
)
の男が、どこか遠い海の底で死ぬのも
視
(
み
)
てもうた。 なんとかその未来を別の方向へ。 心配することはない。
戦
(
いくさ
)
には勝つやろし、
神国
(
しんこく
)
日本
(
にっぽん
)
が負けるわけがない。
秋津
(
あきつ
)
暁彦
(
あきひこ
)
が死ぬはずはない。 きっと、勝ったで
蔦子
(
つたこ
)
とにこにこ笑って、
故国
(
ここく
)
に
凱旋
(
がいせん
)
し、約束どおり自分と結婚するやろと、そんな未来を
視
(
み
)
たかったんやろな。
蔦子
(
つたこ
)
さんは
頑張
(
がんば
)
った。今、たぶん
竜太郎
(
りゅたろう
)
が
頑張
(
がんば
)
ってるように、
蔦子
(
つたこ
)
さんかて必死で
頑張
(
がんば
)
ったんやろ。 それでも
視
(
み
)
える未来は変わらんかった。
予見
(
よけん
)
したとおりの出来事が起こり、
秋津
(
あきつ
)
暁彦
(
あきひこ
)
は戦死した。 お兄ちゃんは死んだと、
幼馴染
(
おさななじ
)
みで
従妹
(
いとこ
)
の
登与
(
とよ
)
ちゃんから聞かされた。 それやと本家の血が絶えたことになると、
登与
(
とよ
)
ちゃんに
訊
(
き
)
くと、心配おへんと、おかんは答えた。 お兄ちゃんの
胤
(
たね
)
は、
出陣前
(
しゅつじんまえ
)
にうちの
胎
(
はら
)
に
仕込
(
しこ
)
んであるえ。これが
秋津
(
あきつ
)
の
跡取
(
あとと
)
りと、そういうふうに教えられ、
仰天
(
ぎょうてん
)
した
蔦子
(
つたこ
)
さんは、最後の気力も
尽
(
つ
)
き
果
(
は
)
てて、寝込んでもうたらしい。三年ぐらい。 まあ、寝込むかな。予知で
頑張
(
がんば
)
りすぎてヘトヘトやったんやしな。 それに普通はショックやろしな。まさか自分の
婚約者
(
こんやくしゃ
)
を、その妹が
寝取
(
ねと
)
ってたやなんて、想像もせえへんよなあ。 しかし三年は長いよ。寝てる間に死ぬかもしれへんよ。寝過ぎよ、
蔦子
(
つたこ
)
さん。 その当時の
蔦子
(
つたこ
)
さんが、アキちゃんのおとんとおかんのタダレた関係を、全く知らんかったのか。
薄々
(
うすうす
)
は感づいていたんかもしれへん。女の
勘
(
かん
)
や。自分の男に誰か他に、
心底
(
しんそこ
)
好きな相手がいそうやと、そんなことは予知能力がなくても、なんとなく分かってまうもんやろ。それが女という生き物や。 せやけど
蔦子
(
つたこ
)
さんは、それを予知したわけやなかった。 未来を何もかも知っているわけやない。むしろ、ほとんど知らん。それは普通人と大差ない。
視
(
み
)
ようと思った未来の事柄を、じっと目をこらして見つめ、
鍵穴
(
かぎあな
)
から
覗
(
のぞ
)
くようにして、チラ見してくる。予知とはそういうもんらしい。
鍵穴
(
かぎあな
)
のでかさとか、どんだけ
覗
(
のぞ
)
いていられるか、または
視
(
み
)
たもんの
解釈
(
かいしゃく
)
をどうつけるか、そのへんに
術者
(
じゅつしゃ
)
の
力量
(
りきりょう
)
が現れるらしい。 何度も予知を
試
(
こころ
)
みて、元絵のわからんジグソーパズルのピースを一個ずつ取ってくる。それを組み立てていって、もしやこんな絵やないかと、予測をつける。そんな作業らしい。 どんな絵になるか、どんなピースを取ってくるか、そこには予知者の性格が表れる場合がある。別の奴が
視
(
み
)
れば、全く違う絵になるピースを取ってくることもあるらしい。
水煙
(
すいえん
)
兄さん言うてたやんか。未来は不確定。いくつか
分岐点
(
ぶんきてん
)
があって、どっちへ行くか分からんような時がある。 右へ行くか左へ行くか、勝つか負けるか、どっちへ向かう道へ入るか、それを決めるのは、最初にその
分岐点
(
ぶんきてん
)
に
到達
(
とうたつ
)
した者の、ほんのちょっとの気の向きやという、そんな
偶然
(
ぐうぜん
)
のようなもので決まるらしい。 まさに、当たるも
八卦
(
はっけ
)
、当たらぬも
八卦
(
はっけ
)
や。
視
(
み
)
えた未来が、必ず実現するという保証はない。より強いヴィジョンを
示
(
しめ
)
す者がいれば、そちらに流れる未来もあるということで、未来パズルのピースは必ずしも、一枚分の絵にぴったりと
過不足
(
かふそく
)
無しに散らばっているわけやない。
蔦子
(
つたこ
)
さんは自信がなかった。自分がまた、暗い展開の絵を作るんやないかと。 それで息子に
賭
(
か
)
けていた。あの、自信たっぷりで、まだ何の傷もついてない、きっと明るい未来もあるやろ的な、のんきで絵が
下手
(
へた
)
なボンボンに。 どんなんでもいい、皆が幸せになれそうな絵を作ってみせてくれと。
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椎堂かおる
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