214 / 928

18-4 トオル

 蔦子(つたこ)さんがやらせた(わけ)やない。竜太郎(りゅたろう)本人が、自分が()ると言うたんや。  なんでそんなことを中一ふぜいが(えら)そうに言うのかは、今ここで()えて語るまでもないやろ。竜太郎(りゅうたろう)はおかんより先に、その日の予知をしたかった。  蔦子(つたこ)さんは()るかもしれへん。もしも先に()させたら、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)の死を、ずばりと予言(よげん)するかもしれへんからや。  蔦子(つたこ)さんは水煙(すいえん)が言うように、三都(さんと)随一(ずいいち)の予知能力者やった。未来を()る分野において、この人を(しの)げる巫覡(ふげき)はおらんと、(なが)らくそう思われていた。  蔦子(つたこ)さんはいろいろ正確に予言(よげん)してきたらしい。しかしそれは(おも)悲劇(ひげき)予言(よげん)やった。カッサンドラやな。  知らんか、カッサンドラ。古代ギリシャのお姫様で、太陽神アポロンとええ仲になり、その恋人特典で予知能力を(さず)かったんやけど、うっかりその神さんと関係がもつれてもうて、別れ(ぎわ)の捨て台詞で呪われてもうた。  ほんで、不吉(ふきつ)な未来ばっかり予言するようになり、皆さんに嫌われたという、可哀想(かわいそう)な人やねん。  せやから、ネガティブな予見(よけん)をする奴のことを、今でもカッサンドラと呼びます。  予知能力者にも(くせ)があるらしい。楽天的とか悲観的とか、人にはそういう性格があるやんか。それと同じで、明るい未来ばっかり予知するやつと、暗いのばっかり()るやつと、そういう性質の個人差があるようなんや。  蔦子(つたこ)さんは、悪い予感ばっかりよう当たるという、そんな気の毒な予言者やった。  かつては(いくさ)の動向を(うらの)うて、祖国の敗北を予感した。  大勢が焼かれて死ぬのを()てもうた。そして大好きやった許嫁(いいなずけ)の男が、どこか遠い海の底で死ぬのも()てもうた。  なんとかその未来を別の方向へ。  心配することはない。  (いくさ)には勝つやろし、神国(しんこく)日本(にっぽん)が負けるわけがない。  秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)が死ぬはずはない。  きっと、勝ったで蔦子(つたこ)とにこにこ笑って、故国(ここく)凱旋(がいせん)し、約束どおり自分と結婚するやろと、そんな未来を()たかったんやろな。  蔦子(つたこ)さんは頑張(がんば)った。今、たぶん竜太郎(りゅたろう)頑張(がんば)ってるように、蔦子(つたこ)さんかて必死で頑張(がんば)ったんやろ。  それでも()える未来は変わらんかった。予見(よけん)したとおりの出来事が起こり、秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)は戦死した。  お兄ちゃんは死んだと、幼馴染(おさななじ)みで従妹(いとこ)登与(とよ)ちゃんから聞かされた。  それやと本家の血が絶えたことになると、登与(とよ)ちゃんに()くと、心配おへんと、おかんは答えた。  お兄ちゃんの(たね)は、出陣前(しゅつじんまえ)にうちの(はら)仕込(しこ)んであるえ。これが秋津(あきつ)跡取(あとと)りと、そういうふうに教えられ、仰天(ぎょうてん)した蔦子(つたこ)さんは、最後の気力も()()てて、寝込んでもうたらしい。三年ぐらい。  まあ、寝込むかな。予知で頑張(がんば)りすぎてヘトヘトやったんやしな。  それに普通はショックやろしな。まさか自分の婚約者(こんやくしゃ)を、その妹が寝取(ねと)ってたやなんて、想像もせえへんよなあ。  しかし三年は長いよ。寝てる間に死ぬかもしれへんよ。寝過ぎよ、蔦子(つたこ)さん。  その当時の蔦子(つたこ)さんが、アキちゃんのおとんとおかんのタダレた関係を、全く知らんかったのか。  薄々(うすうす)は感づいていたんかもしれへん。女の(かん)や。自分の男に誰か他に、心底(しんそこ)好きな相手がいそうやと、そんなことは予知能力がなくても、なんとなく分かってまうもんやろ。それが女という生き物や。  せやけど蔦子(つたこ)さんは、それを予知したわけやなかった。  未来を何もかも知っているわけやない。むしろ、ほとんど知らん。それは普通人と大差ない。()ようと思った未来の事柄を、じっと目をこらして見つめ、鍵穴(かぎあな)から(のぞ)くようにして、チラ見してくる。予知とはそういうもんらしい。  鍵穴(かぎあな)のでかさとか、どんだけ(のぞ)いていられるか、または()たもんの解釈(かいしゃく)をどうつけるか、そのへんに術者(じゅつしゃ)力量(りきりょう)が現れるらしい。  何度も予知を(こころ)みて、元絵のわからんジグソーパズルのピースを一個ずつ取ってくる。それを組み立てていって、もしやこんな絵やないかと、予測をつける。そんな作業らしい。  どんな絵になるか、どんなピースを取ってくるか、そこには予知者の性格が表れる場合がある。別の奴が()れば、全く違う絵になるピースを取ってくることもあるらしい。  水煙(すいえん)兄さん言うてたやんか。未来は不確定。いくつか分岐点(ぶんきてん)があって、どっちへ行くか分からんような時がある。  右へ行くか左へ行くか、勝つか負けるか、どっちへ向かう道へ入るか、それを決めるのは、最初にその分岐点(ぶんきてん)到達(とうたつ)した者の、ほんのちょっとの気の向きやという、そんな偶然(ぐうぜん)のようなもので決まるらしい。  まさに、当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦(はっけ)や。()えた未来が、必ず実現するという保証はない。より強いヴィジョンを(しめ)す者がいれば、そちらに流れる未来もあるということで、未来パズルのピースは必ずしも、一枚分の絵にぴったりと過不足(かふそく)無しに散らばっているわけやない。  蔦子(つたこ)さんは自信がなかった。自分がまた、暗い展開の絵を作るんやないかと。  それで息子に()けていた。あの、自信たっぷりで、まだ何の傷もついてない、きっと明るい未来もあるやろ的な、のんきで絵が下手(へた)なボンボンに。  どんなんでもいい、皆が幸せになれそうな絵を作ってみせてくれと。

ともだちにシェアしよう!