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18-6 トオル
貸してやれジュニアと、水煙 様が許したんかもしれへんわ。
水煙 はアキちゃんに何か話していたようやった。
そのほうが都合 ええわってところやろ。こいつは竜太郎 に都合 のええ未来を視 させたいんや。自分が傍 について、それを監督 できたら、こんな渡りに船はない。
「返してもらえるんですよね」
アキちゃんは、言わんでええのに、未練 がましいことを蔦子 さんに訊 いた。
あかんねん、それが格好 悪いんや。
しかし重要な言質 ではあった。もしも返してもらわれへんかったら、家督 を竜太郎 に譲 ってもうたことになる。本家と分家の跡目 争いやで。
「当然お返しいたします。未来が視 えたら、速 やかに。鯰 が起きたら、あんたには水煙 が必要になる。そやから遅くとも三日後の夜までには、あんたの手元に戻します」
蔦子 さんはきっぱり保証した。それで合意が成立や。
三日もおらんのや、水煙 。
俺はその不在の朗報 に胸がドキドキしてきたよ。
ああ、とうとうアキちゃんと風呂 エッチできる。あのグラタン皿みたいな、エロくさいジャクジーで。
そんなこと考えてた、俺はアホか。
しゃあない、蛇 やから。亨 ちゃん淫蕩 やねん。いっつもそんなことばかり考えてまうんやないか。
「必要になるとは、どういう意味やろ、蔦子 さん。こんな席で何やけど、俺は何も段取りを聞かされてません。何をさせるつもりなんや、俺に」
アキちゃんはとうとう、訊 くべき事を訊 いた。
蔦子 さんはちらりと、話を迷うような顔をした。
「鬼斬 りや」
代わって話そうかという引き取り方で、大崎 茂 が唐突 に教えた。大声やないのに、腹にずしんと来るような、よう響 く声やった。
「鯰 は目覚めると、地上に姿を顕 す。人 食 うためや、腹が減っとる。せやけど自分でうろうろ食いに廻 るわけやない。死の舞踏 を、従僕 のように連れている。骸骨 や。狂骨 ともいう。教会の人らは死の舞踏 と呼んだはる。鯰 はそれを、ちょうど巫覡 が式神 を使役 するように使役 して、自分の口までエサを運ばせるんや」
そう話す爺 さんの隣 で、使役 されている狐 はにこにこ聞いていた。
爺 の従僕 なんや、お前。恋人やのうて。
いろいろやなあ、巫覡 と式 との関係も。
アキちゃんは自分の式神 を、ツレやと思うてる。おかんは舞 を、娘みたいに可愛 がってた。そして大崎 茂 は式 を使役 する、従僕 か、自分とこの社員 みたいに。
「エサとはつまり、人の命や。肉やら精気 やな。それを剥 がして食うて、骨 と魂 だけにしてもうて、残ったそれは死の舞踏 に加えて使役 する。そういう性質の神や」
「それって、神ですか?」
アキちゃんは恐ろしげもなく会長様にツッコミ入れてた。大崎 茂 は誰が見ても怒ってるみたいな眉 のひそめかたをした。
「神や。そんなこともわからんのか。ぼんくらやな、お前は」
ぼんくら言われてた。アキちゃんはそれに、むっとした顔をした。
むっとしてもしゃあない、事実やねんから。アキちゃんもそう思うたんか、キレたりせずに自重 してたわ。けど恨 んでるでえ、絶対に。
「荒 ぶる神や。鎮 めて寝かしつけなあかん。それには腹の満ちるように、精気 を食わせなあかんのやけど、人の命をじゃんじゃん食わすわけにはいかん。それを守るのが我々の仕事なんやからな。死の舞踏 から、人命を守る義務がある」
「それで鬼斬 りということですか。骨を斬 ればいいだけですか。しかし、それやと、鯰 は腹減ったままですよね。どうやって寝かすんですか」
アキちゃんは殊勝 な態度で訊 いていたが、大崎 茂 はそれに、むっと顔をしかめた。
たぶん、そんなことも知らんのか、秋津 の坊 は。ほんまに、ぼんくらなんやな、よういわんわ、という顔やと思う。そのように顔面 に記載 されていた。
「供物 を捧 げる。精 のつくもんなら、人の血肉でのうてもええんや」
「豚 の丸焼き?」
前に疫神 退治 をしたときに、そういう儀式 をおかんがしていたからやろ。アキちゃんは平和な話をしていた。
それに大崎 茂 は静かに苦笑した。もう呆 れるのを通過したらしい。
「そんなもん鯰 が食うわけあるか。生 き餌 でないとあかんのや。祭壇 を組んで呼び寄せて、生 け贄 を捧 げる。そして、なんとかこれで眠っとくれやすと祈 るんや。二十年前には、お前のおかんがやった儀式 や」
その時の有様 を我が目で見たという顔で、大崎 茂 は話していた。
そら、見たんやろ。ほんの二十年前や。十年一昔。爺 にとっては昨日の事のようやろ。
アキちゃんにとっては大昔やけどな。その時、一歳やったはず。なんも訳わかっとらんわ。
「生 け贄 、とは……?」
さすがに嫌 な予感はしたんやろ。訊ねるアキちゃんの声は遠慮 がちやった。
「式 やないか。お前んとこの式 を全部出せ。それでも足りんようならお前が行くしかない。祭主 やからな」
険 しい顔して、大崎 茂 は叱 りつけるような口調やった。
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