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18-8 トオル

 大崎(おおさき)(しげる)秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)はライバルどうしやった。仲が悪かったんや。もちろん登与(とよ)姫様をめぐってのドロッドロやで。  そこに、この子はお兄ちゃんの子やしと話せば、男心(おとこごころ)が傷つくやろうと、おかんにも、その程度の常識はあったんや。  子供のころからずっと自分のことを好きやて言うてくれてたヘタレな子にも、その程度の愛情はあった。それで(いま)だに執念(しゅうねん)深く通うてくる(じじい)を、にこにこ迎えてやってるんやないか。  とにかく、そんな経緯(けいい)があってやな、大崎(おおさき)(しげる)にとって秋津家(あきつけ)(しゅう)は、赤の他人ではない。身内というほどでもない。しかし無視して通れない、そういう、(いと)(こい)しで面憎(つらにく)い相手やねん。(じじい)(せつ)ないのよ。 「もう無理や、秋津家(あきつけ)だけで三都(さんと)守護(しゅご)するのは」  それが結論、という顔で、大崎(おおさき)(しげる)はアキちゃんに宣告(せんこく)した。 「伝統やさかいな、祭主(さいしゅ)はお前にやらせたろ。しかしお前にはこの大役(たいやく)はひとりでは(つと)まらん。どんなに素養(そよう)があるて言うたところで、素養(そよう)素養(そよう)や。発揮(はっき)されてない力は、力ではないわ。一生そのままかもしれんやろ。どえらい力を()めてる言うても、死ぬまで()めたままやったら、ただの人やで」  大崎(おおさき)(しげる)容赦(ようしゃ)のない舌鋒(ぜっぽう)でアキちゃんをびしびし攻撃していたが、蔦子(つたこ)さんは一切フォローせずやった。  もしかしたらアキちゃんのこと、嫌いなんかな、この人は。もしもそうでも、しゃあないよなあ。自分を裏切った許嫁(いいなずけ)と、親友で従妹(いとこ)の間にできた子なんやから。  アキちゃん本人も、(だま)ったままやった。言い返せる事なんか、なんもない。言われてる事そのまんまやからな。反論しようにも、その余地(よち)がない。 「以降、三都の守護職(しゅごしょく)秋津家(いあきつけ)一家ではなく、霊振会(れいしんかい)()る。今は秋津家(あきつけ)当主が若輩につき、会長は(わし)がやったけども、これは金出したからや。一種の摂政(せっしょう)やと思うてもらいたい。こいつが一人前になった(あかつき)には、会長には秋津家(あきつけ)当主が()くようにする」  大崎(おおさき)(しげる)はアキちゃんの目を見て話していたけど、たぶんその場にいる全員に向けて話していたんやろ。  聞いてるんやら、いないんやら、テレビ観てたり酒飲んでたり、あてにならん様子の面々(めんめん)やったけど、聞くべきことは聞いている。そんな不思議な連中やった。  会長代理の言うことに、耳そばだてている気配がしていた。ひそひそ言い交わす様子の(やつ)らもおって、その目はじっと押し(だま)ったままでいるアキちゃんを(なが)めてた。これが秋津(あきつ)(ぼん)か、初めて見たわというような、好奇(こうき)の目やった。  そんな沢山(たくさん)の目に、アキちゃんはどう見えたやろ。こいつに(まか)せておけば大丈夫っていう、でんと(かま)えた秋津(あきつ)総領(そうりょう)やったやろか。  残念ながら、そうではない。どう見ても若造(わかぞう)やった。(とし)が若いことは問題ではない。(げき)にとっては(とし)は関係がない。その力をどの程度、発露(はつろ)していて、どの程度の使い手かが重要なんやからな。  アキちゃんのおとんは(よわい)二十一にして、三都(さんと)守護(しゅご)(まか)された家柄(いえがら)総領(そうりょう)としてだけでなく、三都(さんと)巫覡(ふげき)(たば)ねる親玉として出陣(しゅつじん)したらしい。  おかんが姫なら、おとんはほんまにお殿様(とのさま)やった。その(つと)めを果たすのに不足はないと、そう思われてるような立派(りっぱ)(げき)やったわけ。  それにくらべてジュニアのほうは、ちょっと(たよ)りない。(しき)も足りてない。本丸(ほんまる)窮状(きゅうじょう)は目にも明らかや。  もはや三都を秋津家一家で守れというのは現実的でない。それがもう、言わんでええからみたいな分かりやすさで分かるわな。 「供物(くもつ)に出す(しき)も、当然、秋津(あきつ)も出すけども、宗家(そうけ)窮乏(きゅうぼう)(さっ)し、うちのを出してやってもええわという人物が()れば、ぜひ(くじ)取りに参加してもらいたい。その名は永遠に(たた)えられるであろう」  めちゃめちゃ強いカリスマまみれの声で、大崎(おおさき)(しげる)朗々(ろうろう)宣言(せんげん)していた。歓声(かんせい)拍手(はくしゅ)もなかったけども、皆が間違いなく、(じじい)の話を聞いていた。  テレビでは阪神が甲子園(こうしえん)の空に満塁(まんるい)ホームランを(はな)ち、観客席からの大歓声が鳴り(ひび)いていたけども、店内はしんと静まりかえっていたんや。皆、にやにや笑ったような、またはじっと考えこんだような目で、腕組みして語る大崎(おおさき)(しげる)に注目していた。 「ええか、皆、よう考えろ。自分らがなんで、こんな力を(さず)かって生まれたか。人の役に立たねば、お前らはただの化けモンや。英雄(えいゆう)になれとは言わへん。せやけど負け犬にはなるな。こんな、まだ学校も出てへんような青臭(あおくさ)餓鬼(がき)に、何もかも押しつけてもうて、それでうちらは助かったって、そんなことで大人としての面目(めんもく)が立つやろか。そんなやつはただの負け犬や。今すぐ()んでよし。この会は、ほんまもんの巫覡(ふげき)のための集まりや」  ぺらぺら滑舌(かつぜつ)もよく、(じじい)は演説していた。大勢相手に日頃から、スピーチしてる奴の話し方やった。なんせ某企業の会長さんやからな、偉そうな話するのに慣れている。 「秋津(あきつ)は二十年前に、持てる式神(しきがみ)の全てを出した。それで空っぽなんや。自分でも(しき)連れ回すようなご身分やったら、あらいざらい(なまず)に食われてまうのが、どんなつらいことか身にしみてわかるやろ。登与姫(とよひめ)、泣いてたで。あの女がやで。祭壇(さいだん)で泣き(くず)れてたわ」  おかん、どんな女やと皆に思われてんのやろ。全員、ぐっと来たらしかった。

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