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18-9 トオル

 そして、こんなことを今さらここで暴露(ばくろ)されてるなんて、知ったらどんなに怒るやろ。想像するだに(こわ)い。  絶対チクったろ。もしも俺がまた生きて、登与(とよ)姫様に謁見(えっけん)できる機会があったらやけどな。ほえ(づら)かくなよ大崎(おおさき)(しげる)。俺のアキちゃんを皆の前で道化(どうけ)にしやがって。  しかしそんな(うら)みがましい俺の目に、大崎(おおさき)(しげる)は全く気づいてへんかった。めちゃめちゃ名調子(めいちょうし)(しゃべ)ってた。 「十年後の今にして、こんな不測(ふそく)の事態やけども、これも天意(てんい)やと思え。(こころざし)を見せるべき時や。総力(そうりょく)結集(けっしゅう)して戦う時やで。(なまず)は今回の真打(しんうち)ちではない。(りゅう)の出現が予言されているんや。滅多(めった)にあることやない。命惜しむな、神として、巫覡(ふげき)としての名を(のこ)せ。子々孫々(ししそんそん)まで語り()がれるようなな」  急ににっこりとして、大崎(おおさき)(しげる)(となり)に座る(きつね)(なが)めた。 「秋尾(あきお)(わし)らも久々に戦おか」 「はあ。それもよろしいけども、先生は()(にえ)(くじ)取りに出す(しき)はどないしますの?」  秋尾(あきお)はけろっとしてそう聞いた。むっと(こま)った顔になり、大崎(おおさき)(しげる)絶句(ぜっく)した。 「出しはりますんやろ、もちろん。こんな大演説(だいえんぜつ)ぶってもうて、(わし)は出さへんなんて、今さら言えるわけないわ」  (きつね)に言われて、大崎(おおさき)(しげる)はさらに(こま)った顔やった。  まさか……考えてへんかったんか、(じじい)(きつね)に乗せられた延長線上で、発作的(ほっさてき)に言うたんか。  お前がご主人様やないのか。どっちが主導権を(にぎ)ってるんや、この二人連れは。  秋尾(あきお)絶句(ぜっく)しているご主人様を差し置いて、にこにことしてアキちゃんを見た。 「心配せんでもええで、(ぼん)。僕も(くじ)には参加するしな、そしたら確率二分の一やろ。後は天地(あめつち)が選ぶ。うちはもうええねん、長いこと生きたしな、どうせこの(じい)さんも長くは()たへん。ちょっと早いか遅いかの差や。ちょっと先()って黄泉(よみ)で待っとくだけのことやしな。丁度(ちょうど)良かったわあ」  言われて(きつね)を見つめしはたが、アキちゃんも何も言わへんかった。  秋尾(あきお)はアキちゃんに、お前の(へび)の代わりに死んでやるから気にするなと言っていた。大崎(おおさき)(しげる)はもう(じじい)。老い先短いから、そのうち死ぬやろ。それに(じゅん)じたんやと思えばええねんと、アキちゃんを(はげ)ましていた。  お(きつね)様はな、神の(つか)いやねん。神獣(しんじゅう)やねんで。油揚げ食うたり焼き鳥食うたりする生臭(なまぐさ)い神さんやけどな、それでも神は神なんやで。気に入った奴には優しいねん。  せやけど、それに、秋尾(あきお)さん優しいなあ、ほなそうしてください、とは言われへん。アキちゃんはそういう性格やない。  けど、だからって、いいですいいです、うちの(とおる)を殺しますから、とも言えへん。そんなこと言えるわけない。俺はそう信じてる。  そんなことを自分から、言えるような奴が()るわけない。なんで他人の代わりに死ななあかんねん。ありえへんから。そんなこと。  英雄(えいゆう)やとか、子々孫々(ししそんそん)まで名が残るとか、そんなことに何の価値があんの。今を楽しく生きることだけが、この世で生きる価値やないんか。  アホばっかりやで、霊振会(れいしんかい)。  この夜のアホは、大崎(おおさき)(しげる)とその(きつね)だけでは済まんかった。  押し黙っていた蔦子(つたこ)さんが、またやっと口を開いた。 「(しげる)ちゃん……うちも出します、自分の(しき)を。初めから、そのつもりやったんや」  やっとその話をする決心がついたみたいな、重たい語り口調やった。 「あんたの話やないけどな、登与(とよ)ちゃん、泣いてましたやろ。可哀想(かわいそう)でなあ。あの子が泣いたとこなんか、見たことあらしまへん。子供の頃でもないんえ。気の弱いうちとは違うて、気位(きぐらい)(たこ)うてお(ひい)さんみたいでなあ。でも、あれは……あの子なりに、意地張(いじは)って頑張(がんば)ってたんやないかしら」 「そうやろか。それは女同士の話やろ。(わし)には分からん」  知りたくないという口調で(こば)み、大崎(おおさき)(しげる)は苦笑していた。たぶんこの人は、お姫様みたいやった登与(とよ)ちゃんが好きなんやろう。 「いろいろと、つらいこともあったやろけどな。うちがショックで三年も寝てた間に、気がついてみたら(いくさ)は終わってて、気がついたらあの子が秋津(あきつ)総領(そうりょう)におさまっていたんや。うちのほうが年上やのにな。分家(ぶんけ)の娘やいうても、いっつも自分が面倒(めんどう)見てやってるお姉ちゃんのようなつもりでいたのに、気がついたら何もかも終わってましたんや」 「しゃあない、あんたは力を使い果たしてたんやから。人にはそれぞれ、適材適所の働きどころがある。皆で力合わせて頑張(がんば)って、それで丸う収まれば、それでええんやで、お(つた)ちゃん」  (じじい)に言われて、熟女(じゅくじょ)はやんわり(うなず)いていたが、蔦子(つたこ)さんはどことなく、遠くを見つめるような目やった。 「なんでアキちゃんが、うちより登与(とよ)ちゃんを選んだか、なんとなく分かるんどす。あの子はいつも明るいし、強いしな、まるで日輪(にちりん)の女神様のようやろ。可愛(かわい)いようなところもあるし、(かな)わへん。ほんまにもう、どういう了見(りょうけん)で、息子を頼みますやなんて、()りにも()って、このウチに押しつけてもうて、自分はどこをほっつき歩いてるんやろ。えげつない子ぉやわ、登与(とよ)ちゃんは……」 「手紙も寄越(よこ)さへんのか」  苦笑して、大崎(おおさき)(しげる)(たず)ねると、蔦子(つたこ)さんはぼんやりと、首を横に振ってみせた。 「いいえ、来ましたえ。今、ブラジルにいますって。もうじき帰るらしいですわ」

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