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18-10 トオル

 そんな話は初耳(はつみみ)やった。おかんが帰宅するとは。アキちゃんのところに寄越(よこ)す手紙には、そんなこと一言もなかったで。 「ウチなあ、(しげる)ちゃん。(たの)まれましてん。息子はまだ若輩(じゃくはい)やさかい、あんたが秋津(あきつ)を守っておくれやすって。登与(とよ)ちゃんが、不在(ふざい)の間な。それに、(まか)しといてて約束しましたんや。これでまた、何のお役にも立てずやったら、ウチはもうあかん。これが正念場(しょうねんば)やねん。登与(とよ)ちゃんが、(しき)を全部出したんや、ウチかて出せます」 「張り合うための場やないんやで、お(つた)ちゃん」  しかめた顔を、苦笑で隠して、大崎(おおさき)(しげる)はたしなめたけど、蔦子(つたこ)さんは相変わらず、ぼんやり(うなず)いただけやった。 「分かってます。そやけどな、二十年前には、ウチはびびってもうて、お断りしたんや、登与(とよ)ちゃんに。信太(しんた)寄越(よこ)せと(たの)まれたんどす」  突然出てきた(とら)の話に、俺は静かにびっくりしていた。  テレビの野球中継では、熱狂した声のアナウンサーが、虎虎虎(トラトラトラ)快進撃(かいしんげき)やと怒鳴(どな)るように解説していた。もはや解説になってない。自分も燃えてもうてるだけや。 「本家(ほんけ)分家(ぶんけ)を合わせたら、中でも信太(しんた)が一等強い式神(しきがみ)なんどす。せやから、あの子を供物(くもつ)(ささ)げて、それで済ますのが(すじ)やったんや。なのに、ウチは()ん切りつかんでなあ、(いや)やわって登与(とよ)ちゃんに言うてもうて。ほんならよろし、って(こと)()げに言うもんやから、どこか他で調達(ちょうたつ)したんかと。ましか自分の(しき)をあらいざらい食わせるやなんて、思いもよらへんかったんや……」  苦々(にがにが)しく言い終えてから、蔦子(つたこ)さんはムッとしたような顔をした。それはどうも、自己嫌悪(じこけんお)の顔やったらしい。 「いいや、ほんま言うたら、(こま)ればええわと思ったんかもしれまへん。(いや)(いや)やしな、ウチかて信太(しんた)を出すのは。それは本音(ほんね)のとこどす。せやけど、(しげる)ちゃん、あんたが言うように、こんなヘタレの(ぼん)にその痛みを押しつけて、またもやウチは胸撫(むねな)で下ろす、そんなことでは情けない。意地(いじ)を見せます、ウチかて秋津(あきつ)の女やで。()しまへん、式神(しきがみ)の一人や二人、それが血筋(ちすじ)(つと)めやて言うんやったら、(なまず)にでも何でも食わせてみせます」  蔦子(つたこ)さんは、ものすご(はげ)しく断言していた。  それが式神(しきがみ)を誰も連れてきてない理由やったんや。そいつの口から信太(しんた)()れたら困るからか。聞いたあいつがビビってトンズラこいたら(はじ)やもんな。  でもな、逃げへん。信太(しんた)は逃げへんような気がするわ。だって昼間はそう言うてたやんか。蔦子(つたこ)さんが死ねと言えば死ぬって。あれは冗談(じょうだん)とか、ええ格好(かっこう)して言うてるような目ではなかった。  もしかして、あいつ、知ってたんちゃうんか。こういう話になるって、もっと前々から、よく知ってたんやないか。  もう最後やしと思って、可愛(かわい)い鳥さんと仲良うしてたいんやないか。アキちゃんのおとんが、出征(しゅっせい)する前に、鞍馬(くらま)でおかんと蜜月(みつげつ)やったみたいにな。  でもそんな、無責任な。どうすんの、それで(のこ)されるほうの気持ちは。  鳥さん、アホやからええの。信太(しんた)おらんようになったわあ、って(こま)るやろけど、別にええんか。他にも()るみたいやしな、面倒(めんどう)みてくれそうな奴らが。  だけど寛太(かんた)はお前が好きやて言うてんのやで。  そんなんやったら、俺はあいつを()き付けたりせえへんかった。(とら)が死ぬ気で()るんやったら、(あい)やろなんて教えへんかったで。  気がつかへんまま別れたほうが、鳥さん絶対ラクやったんやから。それこそアホやねんから、俺さえ(みょう)なこと()き込まへんかったら、あいつ自力(じりき)では気づかんままで済んだかもしれへんのにさ。  やってもうたよ、(とおる)ちゃん。よかれと思ってやったんやけど、痛恨(つうこん)のエラーやで。絶対に客席からブーイングとか座布団(ざぶとん)とか飛んでくる。ヤカンまで投げられるかもしれへん。投げられてもしゃあないような、()らんことをした。そんな気がする。  せやけど俺は、因業(いんごう)(へび)なんや。それやったら代わりに俺が行こか、って、到底(とうてい)言われへん。怖いもん。アキちゃんと、ずっと一緒に()りたいもん。どうせ誰かが泣く羽目(はめ)になるんやったら、俺やアキちゃんやのうて、他のがやってくれって、それが本音(ほんね)やもん。  鳥さん泣いたら可哀想(かわいそう)やけど、ええやん別にフェニックス。あいつが泣けば皆喜ぶ。そういうことでハッピーエンドやって、それやったら、あかん?  あかんよなあ……。  それはあまりに俺も気まずい。誰にって、誰よりも、この話を聞いてくれてる皆に気まずい。(とおる)ちゃんサイテーみたいな、そんな白い目で見られると、俺もつらい。  かくなる上は、(きつね)に死んでもらおか。まあええかて本人言うてるしさ。別にええんちゃうか。  さようなら秋尾(あきお)さん。忘れへん、あんたのことは。俺が永遠に語り()いでやるから、(うら)まず成仏(じょうぶつ)してくれ。俺かて(きつね)怨霊(おんりょう)は怖い。  そう思ってチラ見すると、秋尾(あきお)はにやにや笑って俺を見た。 「ほな先生、ここで決めても何やから、(くじ)取りは明日以降にでも、有志(ゆうし)出尽(でつ)くした頃に改めてしましょうか」  いかにも事務的な口調で、(きつね)(ほが)らかに場を取り仕切った。いかにも秘書(ひしょ)らしい仕切り方やった。

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