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三都幻妖夜話(3)神戸編 18-11 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
18-11 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
221 / 928
18-11 トオル
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は苦い顔して、それに
頷
(
うなず
)
いただけやった。ウムて言うとけば
狐
(
きつね
)
がなんでもそつなく処理するていう、そんな暮らしに慣れてるみたいな様子やったわ。 この人かて、
秋尾
(
あきお
)
が死んだらつらいんやろか。つらいんやろうなあ。たぶん。 なんにも言わへんかったけど、
眉間
(
みけん
)
の
皺
(
しわ
)
がめちゃめちゃ深い。まるで苦悩してるみたいや。 してるんかもしれへん。話によればこの
狐
(
きつね
)
、大崎先生が赤ん坊の時に
伏見
(
ふしみ
)
稲荷
(
いなり
)
から
遣
(
つか
)
わされ、ずっと
仕
(
つか
)
えてきた
式神
(
しきがみ
)
らしいねん。 人ならぬ目をして生まれてきた赤ん坊にビビった親が、
大金
(
たいきん
)
積
(
つ
)
んでお
稲荷
(
いなり
)
さんに、どうかこの子が人並みの暮らしができますようにって
願掛
(
がんか
)
けて、今では
立派
(
りっぱ
)
に人並み以上の
大名暮
(
だいみょうぐ
)
らしやろ。とっくの昔に
大願成就
(
たいがんじょうじゅ
)
してんのや。 それでもしつこく
傍
(
そば
)
に
憑
(
つ
)
いてて、離れがたかった
間柄
(
あいだがら
)
やねんから、
契約
(
けいやく
)
以上の何かはあるわ。 ほんまは
式
(
しき
)
やないんやないか。だってもう
契約
(
けいやく
)
切れてるはずなんやから。まだまだ人並みやないって、
狐
(
きつね
)
が認めてへんだけや。 「皆さん、そんな段取りですので。
供物
(
くもつ
)
の件は後日。死の
舞踏
(
ぶとう
)
とのチャンバラは、もちろん全員態勢で。
龍
(
りゅう
)
については予知ができたら発表と、そういうことで、よろしゅうお
頼
(
たの
)
み
申
(
もう
)
します」 にこやかに話をしめて、
狐
(
きつね
)
は
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
に
訊
(
き
)
いた。先生、ビール飲まはりますか。ヱビスにしますか、それともキリンにしはりますかと。 ややあってから、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は怒ったような声で答えた。アサヒにしろと。
狐
(
きつね
)
はそれに、はいそうしますと答え、それから
蔦子
(
つたこ
)
さんにも何飲むかと
訊
(
たず
)
ねた。
蔦子
(
つたこ
)
さんは、よっぽど元気ないんか、
茂
(
しげる
)
ちゃんと同じもんでええわと投げ
遣
(
や
)
りに答えてた。クヨクヨするなら言わんかったらよかったのに、
姐
(
ねえ
)
さん。 しかし、元気ないと言えば、この場で最も元気ないんは、アキちゃんやった。
気配
(
けはい
)
薄い。
居
(
お
)
るのか
居
(
お
)
らんのか、全くわからんぐらいに
気配
(
けはい
)
が死んでいる。
隣
(
となり
)
の席にいるアキちゃんの、じっと考えてんのか、もう脳みそ死んでんのか、よう分からんような
微動
(
びどう
)
だにせえへん横顔を、俺は
遠慮
(
えんりょ
)
しつつ見た。 アキちゃんは、
膝
(
ひざ
)
の上にある
水煙
(
すいえん
)
の
柄
(
つか
)
を
握
(
にぎ
)
りしめていた。その
拵
(
こしら
)
えには、
秋津家
(
あきつけ
)
の
家紋
(
かもん
)
である
蜻蛉
(
とんぼ
)
のマークが入ってる。 この剣が
家督
(
かとく
)
の
象徴
(
しょうちょう
)
で、アキちゃんはこれを投げ捨てようか、それとも
握
(
にぎ
)
ったままでいようかと、悩んでいるように見えた。 でもな。投げたところで、どうすんの。俺とどこか遠い、地の果てまでも逃げてくれんのか。
亨
(
とおる
)
が死んだら
嫌
(
いや
)
やって、そのことだけを考えて、一緒にトンズラこいてくれるんか。 そして何もかも忘れて、俺とふたり、面白おかしく生きていけるか? 時々ものすご暗い顔とかせえへん? あの時逃げたの間違いやったって、死ぬほど悩んだりせえへんやろか。 もしも逃げてもうたら、アキちゃんはもう二度と、大好きな京都には帰られへん。
祇園祭
(
ぎおんまつり
)
も見られへん。
嵐山
(
あらしやま
)
の家にも帰られへん。おかんにも、おとんにも合わせる顔がない。 ご先祖様にも申し訳が立たへん。絵ももう、描かんようになるかもしれへん。アキちゃんはきっと、生ける
屍
(
しかばね
)
みたいになるわ。 それでもお前が生きてて良かったわって、俺を
愛
(
いと
)
しく見つめてくれるか。 きっとそうやろ。アキちゃん優しい子やしな、俺のこと愛してくれてる。お前を守れてよかったわって、きっとそう思ってくれる。 その時のアキちゃんにとって、俺は世界の全てやろう。俺の他には何もない。そのために、全部捨ててもうた後なんやからな。 そうなったらいいのにと、ずっと願ってたような事やわ、俺にとってはな。 せやけど、何でやろ。ちっとも
嬉
(
うれ
)
しい気がせえへん。そんなアキちゃん見たくないわって、怖いような気がする。
可哀想
(
かわいそう
)
やし見てられへん。
亨
(
とおる
)
が死んだら
可哀想
(
かわいそう
)
やって、それに
絆
(
ほだ
)
されトンズラこいたら負け犬や。そのままずっと生きていく。大阪で死んだ犬とか人間どものことさえ、時々思い出して、ものすご遠い目してたのに、今度はずいぶん事が大きい。 アキちゃん抜きでも、
上手
(
うま
)
く行ったらええんやけどな、もしも失敗でもしてみ。アキちゃんきっと、激しく自分を責めるやろ。 目には見えへん自傷の傷で、
満身創痍
(
まんしんそうい
)
みたいなツレを、俺は何百年、何千年と生かし続けなあかんのか。それはあんまり
外道
(
げどう
)
やないか。あまりに切ない。 アキちゃんが幸せでないなら、一緒に何年生きようが、ハッピーエンドにならへんで。 これはどうも、トンズラこいたらあかん
山
(
ヤマ
)
やな。
覚悟
(
かくご
)
決めろて
爺
(
じじい
)
が言うんや。俺も俺なりに
覚悟
(
かくご
)
決めてかからなあかん。 他のことならともかくも、他ならぬ
愛
(
いと
)
しいアキちゃんのためなんや。こいつを男にしてやらなあかん。 「
坊
(
ぼん
)
もビール飲むか?」 にこにこした優しい顔で、
狐
(
きつね
)
がアキちゃんにも
訊
(
き
)
いてやっていた。アキちゃんはそれに、小さく首を横に
振
(
ふ
)
っていた。 そんなもんは、
喉
(
のど
)
通らんということなんか。それほど追いつめられてんのか、アキちゃん。 「俺、車で来てるんや、
秋尾
(
あきお
)
さん……」
険
(
けわ
)
しい顔で、アキちゃんは突然
喋
(
しゃべ
)
った。むちゃくちゃ現実的な話やった。
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椎堂かおる
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